第二章 - 毛皮 -
「どうですか。この毛皮」
家の主人が自慢気に、壁一面を埋める熊の毛皮に触れた。
村に入った時、家畜の世話をしていた男がヤムトを見かけ、声を掛けてきた。
ヤムトの姿を見て、自分の知り合いと勘違いしたらしい。
詳しく話を聞くと、その知り合いがヤムトの師匠となる先代商人らしい。
旅の話を聞きたいと自分の家へ案内した。
家へ向かう最中、何人かの村人とすれ違ったが多少うろんな目をされても害意は感じなかった。
ヤムトに人の気が悪いと脅されたシュトなどは「心配して損をした」と文句を言う程だ。
そうして案内された家で歓待を受けての一声が、部屋に飾ってある毛皮自慢だった。
確かに見事な毛皮である。ほとんど傷ついておらず、腹から真っ二つに割ったように四足を広げている。
そして、毛皮は先端になるにつれ、白く染まっている。
「《狂える獣》ですか」
「流石、旅をされている方は目がよろしい」
タイカの質問に、主人が大袈裟に反応した。
「それにしては綺麗ですね。《狂える獣》を殺すには焼いた武器が」
そこまで言い、タイカが考えこむ。
「毒、ですか」
「ほう」
タイカのつぶやきに、主人が感心した風で声を上げる。
いちいち芝居掛かってやがる、とヤムトは心の中で毒付いた。
こういう人物は好きになれない。おそらく自分と似ているからだろうと、その程度にはヤムトは自身を理解していた。
だからといって気分が晴れる訳ではないが。
「腹から裂いたにしても変色した部分がない。額、でもないですね。口の中にでも直接毒を入れでもしない限り、こうも綺麗な毛皮にならないでしょう」
「おっしゃる通りです」
「しかし、口腔から毒を突っ込もうとでもしたら、腕ごと噛みちぎられてしまう。《狂える獣》相手では、食事など見向きもしないでしょうから、毒餌も効かないでしょう」
「その通り、その通り。では、どうしたと思います?」
タイカは考え込んでしまう。その様子を、主人がにやついた笑みで伺っている。
不愉快さが、増してきた。
「弓矢とか」
答えたのは、シュトであった。
ああ、とタイカも頷く。
剣技には長けたタイカであったが、飛び道具の扱いが苦手であった。密集する木々の間を通せないと、食用とする獣を捕る際にも専ら罠を用いていた。
対してシュトは飛び道具に興味を持ち、立ち寄った村の狩人などに弓矢の手ほどきを受けていた。
何故、タイカが関心を寄せない飛び道具を習っているのか聞いた時「タイカが使えないなら、私が使えばいいから」と答えていた。
健気なものだなとヤムトは感心した記憶がある。
だが、弓矢は持っていない。タイカに願えば調達してくれたかもしれないが、良い弓は高級品であるし、弦も矢も消耗品だ。遠慮したに違いない。
所持はしていないが知識はある。答えは、その知識から引き出したのだろう。
「お嬢さんは頭がよろしい。その通りですよ、弓ですよ。うちの村の猟師が毒矢で《狂える獣》を殺し、その毛皮を譲り受けたんです」
「《狂える獣》は普通の獣から体内も変容してしまっています。効能のある毒も限られている。どんな毒を使ったのですか?」
「ええと。それはその、猟師が詳しくて。おお、そうだ。そういえば、その猟師は先代の」
「ご主人」
ヤムトが被せる様に言った。
「ご招待いただき、感謝しやす。折角だ。先代ほどではございやせんが品物を見ていただけやせんか」
「そりゃありがたい。是非見せてくれ」
思った通りだ。
主人は、ヤムトとの取引を独占したくて、家へ招待したと踏んでいた。何せ性根が似ている。自分でもそうするだろうと、ヤムトは思った。
主人はもうタイカたちには関心もないようだ。それでいい。余計なことを言わせない。取引に集中させる。
あの男の話題はさせない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます