第六話 知己
第一章 - 石像 -
次の目的地が、その村だとヤムトが気付いたのはあと半日まで近づいた時だった。
迂闊だった。
以前とは違う経路だから、気付かなかった。
その村の近くにあった、摩耗して石筍のようになっている三つの彫像。中央の人間らしき彫像と、その左右にある小さな彫像。小さな彫像は横長く、やや湾曲している。魚の像らしい。池か湖の
大森林でも北域には遺跡が多い。だが見間違いなどない。その彫像たちは思い出したくない記憶の片隅に、確かに刻まれていた。
「旦那。この先の村、寄らずに進みやせんか」
思わず先をゆく同行者の青年、タイカに声をかけてしまった。しまったと思う。下手な詮索をされてしまう。
「詐欺でもしたの?」
返事をしたのは青年の横を歩く少女、シュトの方だった。目が覚めるような赤髪赤瞳。明るい色合いが血ではなく火を連想させる。
シュト、とタイカが咎めるように声をかける。
そしてヤムトを振り返る。黄色と黒の、左右の色が違う瞳に見つめられるのはやはり慣れない。
特に気持ちに影がある時には。
「それで、詐欺でも働いたのですか?」
「旦那」
笑いながら言われた。ヤムトは顔をしかめる。
「手前はその村には行ったことはございやせんよ。行ったのは先代でしてね」
「その時には、まだ一緒ではなかったのですか」
「へえ。手前が弟子入りしたのは、その後で。この石の像もどきですか」
ヤムトが彫像を指さす。
「これを見て、先代が以前寄ったと話していたのを思い出しやした」
「なるほど。でもそれが何で行きたがらない理由に?」
「貧しい村で商売になりやせん。人の気も悪いと聞きやした」
それに、とヤムトが付け加える。
「手前の荷物も服装も、先代のお古か真似事で。そんな悪い場所で見るもんが見たら、先代から身ぐるみ剥いでって思わんこともないでしょう」
タイカが考え込む。ヤムトは嘘を言っていない。ただ、全てを話してもいないが。
「それは、何年前のことですか」
「もう十年は前ですかね」
「なら、そこまで心配はいらないのでは?」
「ですがねえ」
「この辺りの地理の話も聞けるかもしれませんし。納屋でも何でも、そろそろ屋根のある場所で休みたいですしね」
最後の言葉は、シュトへの配慮だろう。平気な顔をしているが、北の寒冷な土地を何日も野宿していれば体力もすり減っていく。
「ま、左様ですな」
十年近く経っている。あの男は会った時、既に老齢だった。生きてすらいないかもしれない。
普段は村にいないだろうし、目立たなくしていれば問題ないだろう。
タイカとシュト。このふたりと一緒に居て目立たなくなどないかもしれないが、ふたりに目が入って自分の隠れ蓑になると、前向きに考えよう。
相棒の毛長駝鳥、薄墨姫の手綱を引きながらヤムトはそう思った。
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