その旅びとは謎が多い - 謎めいた青年と精霊に愛された少女の放浪譚 -
青村司
第一部 暁星誓詩
第零話 - 少女は出会う -
少女は奴隷だった。
奴隷だからといって特に虐げられている、ということもない。
奴隷も財産なのだ。悪戯に損なうようなこともしないだろう。
そして道具の多くがそうであるように、顧みられることもない。
そんな目立たない、奴隷のひとりだった。
物心ついた時には雑用に使いまわされていた。
幼く、力もなかったからだろう。家内の掃除や洗濯などを専らにしていた。
屋敷から出ることもほとんどない。目上の奴隷に買い出しの手伝いに駆り出される時くらいなものだった。
ある日、少女は屋敷の火の番を任された。
昔は、火の管理は家の主人か後継ぎ、あるいは血族内の選ばれた者の仕事だったそうだ。
火は神聖であるが故に。
だが火の扱いは危険だ。触れずとも長く晒されていると肌は焼け目も痛む。
その屋敷では忌避される仕事となっていた。
だが、少女は火が好きだった。
夏はひたすらに暑い。冬は暖かいが灰が肌に触れれば火傷もする。
それでも。
炎を美しいと、少女は思った。
火のゆらめく姿。常に形を変え留まることを知らないその様が、少女を魅了していた。
ある時。
少女が暖炉に薪を焚べようと手をの伸ばした拍子に、体勢を崩してしまった。
手を、火の中に入れてしまう。
熱い。
少女の腕から肩に強い痛みが走った。
だが、一瞬だけだった。
火は少女を避けるように渦巻いた。
それどころか火は風に舞う布のように薄く広がり、少女を取り巻いた。
綺麗。
少女はまるで、火が自分と踊っているような気分になった。
だが、それもまた一瞬だった。
気づけば少女の周りから火は消え失せ、暖炉の火だけが煌々と部屋を照らしていた。
──夢だったのか。
それでも素敵な夢だった。そう少女は思った。
ふと、暖炉の上の鏡を見る。
信じられないものを見た。
黒髪に、黒い瞳。それが少女の容姿だったはず。
その髪、その瞳が鮮やかな赤色に変わっていた。
かくして少女は出会った。出会ってしまった。
彼女の運命を変える、その炎と。
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