第3話
家族で釣りに出かけた。
じいさんが死んで、一週間が経った日のことだった。
今度の休日の予定は、と親父に聞かれて、きっと家の片づけを手伝わされるんだろうと思っていたから「ない」と答えたのに、まさか磯釣りに連れていかれるなんて。
一昨年に入社した商社は、目も眩むような忙しさだった。
休みの日だって仕事のことが頭から離れない。手からも離れない日だってあった。
こんな風に凪いだ海に糸を垂れて、漫然と海面の光を眺めていることが、恐ろしく罪深いことのような気がしてくる。
釣り名人はせっかちだ、なんて言葉を聞いたことがある。
釣果が上がらないとき、せっかちな奴は直ぐに仕掛けを変える。
あれこれと試行錯誤をする。それがうまく行かないことだってあるが、たまたま上手く嵌ることもある。そうやって試行錯誤を重ねることで経験を積み、腕を上げていくのだ。
ウチの一族は、釣り名人にはなれそうにない。
もう随分と長い時間、俺と親父は無言だった。
二人とも、黙って海を見ていた。
それが自然だった。
親父の顔を見なくったって、きっと何考えてるのか分からないぶっきらぼうな面で、俺と同じように海を眺めているのだ。
俺は親父の最後を看取る。
こうやって、ぶっきらぼうな顔で、それでも家族を愛する父親の顔で、親父は俺を麻雀に誘う。親父は最後まで静かな顔で死んで、弟は泣き、お袋は涙を堪える。
俺が結婚する相手はあまり親父に良い印象を持たないが、それでも親父のために泣いてくれる。
大事にしよう。
この時を。
俺の家族を。
俺の人生を。
竿はぴくりとも動かない。
時間が止まったかのよう。
親父と俺は、揃って海を眺めている。
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