第2話

 親父が死んだ。

 脳卒中だった。

 久しぶりに家族麻雀でもどうだ、なんて言い出すもんだから、俺も昔を思い出して楽しくなってしまった。

 ついつい熱くなって、裸単騎なんて柄にもなくカッコつけてたら親父が振り込んでしまった。

 もう大分認知症も進んでいて、俺のことを自分の弟だと勘違いしながら打ってたけど、麻雀の腕自体は全く衰えてなかったのに。

 親父の皺だらけの指が牌を置くときの、驚く程静謐な手さばきが、目に焼き付いて離れない。

 耳も随分遠くなってたのに、何故か『ポン』と『ロン』だけは聞き間違えない。『1時』と『7時』は聞き間違えるくせに、耳鼻科医も不思議そうにしてたっけな。


 恥ずかしそうに、けどやっぱり悔しそうに、点棒を数えて俺に差し出した、その一瞬の交錯が、俺と親父の最後の触れあいとなった。


 ああ、そうだ。

 俺は脳卒中で死ぬ。

 今、俺の横で消沈している俺の弟の葬式で、アスパラの天ぷらが固いと甥に文句をつけてる最中に、頭の血管がぷつんと切れるんだ。


 そうだな。

 もっと妻を大事にするべきだな。

 もっと家族を顧みるべきだ。

 昔はもっと、みんなでいる時間が長かった。


 親父はすっかり耳が遠くなってたけど、俺はちゃんと補聴器を使うようにしよう。

 それで、ちゃんと家族と話をするんだ。

 夕方は相撲を観て、休日には釣りに誘おう。

 どんなに呆けたって、牌は優しく、静かに掴むんだ。


 そしてまた、それを息子に託そう。

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