ルネの誕生日会

 商業区を出て中央広場に戻ってきた頃には、既に日が傾き始めていた。近くの露店で水を買い噴水近くのベンチにルネを座らせ、二人で並んで水を飲む。動いたからか、いつもよりも水がおいしく感じられた。


「ごめんねー、変なのに絡まれちゃって」

「いいんだよ、お前は何も悪くない」

「昔から、絡まれては助けてもらってばっかだねー」

「まあ、よく絡まれるのは確かだなあ」


 ミナスにいた頃も、ルネはよく変な輩に絡まれた。最初のうちはミナスでも絡まれていたが、クレイが追い払う内に誰も絡んでこなくなり、もっぱら地上から来た冒険者たちに絡まれるようになった。ドレインフラワーで撃退したり、返り討ちにあって相手の気が済むまで殴られたり……そうしてクレイは、ルネを男たちから守ってきた。


「女性型の魔物の扱い、本当悪いよな」

「だねー……まー、実際娼婦になる子が多いかららしいけどね」

「だからって、全員が全員そうじゃないだろ」

「うん、まあね」


 人型魔物や半人型魔物も人類種のひとつなのに――クレイは、腸が煮えくり返りそうな思いがした。


「まー、ほとんどの人は優しくしてくれるからいーの」

「まあなあ」

「それに、クレくんが助けてくれるしねー」


 へへへと笑うルネの顔を見たら、クレイはもうそれ以上悪態をつく気にはなれなかった。深く呼吸をして怒りを鎮め、水を一気に飲む。すると、目の前に見知った顔が二人近づいてくるのが見えた。


「お、キタキタ」

「んー? あー! フリントとマイちゃん!」


 ルネが二人に駆け寄っていく。二人の視線が彼女の胸元に注がれる。ペンダントを自慢しているらしく、「いいでしょー」という明るい声が聞こえてきた。クレイは立ち上がり、三人に歩み寄る。


「よ! 色男!」

「茶化すなよ」

「やるじゃんクレっち!」


 マイカがニヤニヤとした顔を浮かべて、クレイの脇腹を小突く。


「うっせえ、ほら行くぞ」

「んー? 行くってどこに?」

「着いてからのお楽しみだ」


 首を傾げるルネの手を引いて向かった先は、冒険者ギルドだった。


「え? ギルド?」

「入るぞ」


 クレイがギルドの扉を二回叩いてから、扉を開ける。ルネと一緒に中に入ると、先日クレイたちを応対したギルド職員の女性が出迎えた。


「ルネさん、お誕生日おめでとうございます!」


 言いながらクレイからルネを預かり、テーブルに案内する。三人もテーブルの前にいつもの並びで座り、クレイは口を開けっ放しにして目をパチクリさせているルネを見つめた。


「おめでとう、ルネ!」

「ルネっちおめー!」

「おめでとう、ルネちゃん!」


 三人が口々に、おめでとうと言う。ルネはしばらく黙って口を開けっ放しにし、あちらこちらへと視線を移していた。テーブルには既に豪華な肉料理やサラダ、パスタなどが並んでいる。ギルドには職員と四本の槍以外は、誰もいない。


「えっと……?」

「誕生日会ですよ、ルネさん!」

「えっと……?」

「あ、私先日対応しました、イリスと言います」


 イリスは頭を下げ、全員分の酒をカウンターの奥から持ってきた。ルネには苺の味がする甘い炭酸酒、クレイたちには麦酒。苺の炭酸酒は、彼女が唯一飲める酒だった。


 それも、ロタンの東の水源の水を使って作られたもの。東の水源は地上では名水として知られ、この水を利用した酒造も盛んだ。水の良し悪しがもろに味に影響するため清酒が有名だが、麦酒や炭酸酒といった類いもまたロタンではよく親しまれている。


 クレイたちの麦酒はロタンビア、ルネの苺の炭酸酒はルネベリーという銘柄だった。


「えー!? 誕生日会!?」


 ルネが大きな声をあげ、立ち上がった。


「おお、すげーリアクション遅れたねえ」

「誰もいない! 職員さんも祝ってくれてるー! なんでー!?」

「貸し切りにしておいた」

「貸し切り!?」

「昨日稼いだ金、半分使ってやったぜ!」


 昨日の飲み会騒ぎのどさくさに紛れて、クレイは仲間たちと相談し、イリスに話を持ちかけていた。貸し切りにはできるが金貨五枚は必要だと言うイリスに、三人とも快く了承し、追加で金貨一枚を支払って料理と酒を用意してもらったのだった。


「え、使い道ってこれー!?」

「皆さんポンッと支払ってくれたんですよ。愛されてますね、ルネさん」

「みんなー……」

「あと、これは俺からだ!」


 フリントがカバンから大きな包みを取り出し、ルネに差し出す。


「え!?」

「プレゼントってやつだ。開けていいぜ」

「わー! ありがとー!」


 ルネが頭をゆらゆらと横に揺らしながら、包みを開ける。中から出てきたのは、ワンキャットのぬいぐるみだった。人々に愛される愛玩魔物のかわいいぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、ルミが目に涙を浮かべる。


「大事にするね!」

「おう!」

「こっちはあーしから!」


 マイカもルネにリボンで閉じられた袋を差し出す。中から出てきたのは、少し大きめの革のショルダーバッグだった。


「バッグだー! ありがとう!」

「旅にも便利だし、お洒落っしょ」


 マイカの言う通り、お洒落なバッグだった。色は全体的に綺麗なキャメルで、底のほうには編み込みがある。ワンポイントにシルバーの留め具が使われており、全体的に派手すぎず地味すぎずといった様子だ。


 そのうえ、今使っているものよりもほんの少し大きく、底が硬く広い。


「流石マイカ、センスいいな」

「でっしょー?」

「あれ、もしかして……今日自由行動だったのって?」

「ああ、このためだな」


 クレイが答えると、ルネはバッグとぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら、笑顔で涙を流す。「ありがとう」と何度も噛みしめるように言って、グラスを手に取った。三人も顔を見合わせてから、ジョッキを手に取る。


「クレイ、挨拶!」

「え、俺?」

「ルネっちの誕生日なんだもん、クレっちしかいないっしょ」

「よ! リーダー! 音頭とってー!」


 クレイは左手の人差し指で頬をかきながら立ち上がり、グラスを掲げる。


「我が家族の誕生日を祝して! そして四本の槍の今後を祝して! 乾杯!」


 クレイの言葉を合図に、全員がグラスとジョッキを掲げた。


 酒を一気に煽り、「ぷはーっ!」と声を漏らす。これまで飲んできたどの酒よりも、うまく感じた。それから四人は料理と酒を楽しみながら、三時間ほど大騒ぎして、宿屋に戻る。イリスたち職員にも酒と料理を奢り、職員をも巻き込んだ誕生日会は大成功に終わった。


 宿屋の部屋に戻るやいなや、ルネがクレイの顔をまじまじと見つめる。


「どうした?」

「今日はありがとうねー」

「ははは、何度目だよ」


 笑うクレイの胸にルネの顔が吸い込まれていく。彼女の腕がクレイの背中に回される。確かなぬくもりを感じ、クレイは彼女を抱きしめ返した。


「私を家族にしてくれて、ありがとう」

「ばーか、こっちのセリフだ」

「へへへー」

「家族になってくれて、ありがとうな」


 二人はしばらく抱き合ってから、離れる。照れくさくて笑うクレイに、ルネも笑顔を返した。日記と帳簿は後回しにして、二人はベッドに潜り込む。ルネはフリントから貰ったぬいぐるみを抱きしめ、クレイのほうを見ながら目を閉じた。クレイはルネが寝息を立てるまで見守ってから、目を閉じる。


「今年もルネは、無事にひとつ年を取りましたよ」


 誰にともなく呟いて、クレイは眠りに落ちた。

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