“The life is beautiful” to you⑨

 あたしがしばらくそうしていると、遠慮がちに肩を叩かれる。ゆっくりと振り返ると、そこには心配そうな表情を浮かべた女子生徒がいて、あたしを見つめていた。ネクタイの色が赤色だったから、彼女が一年生だということはすぐに分かった。


「大丈夫だから……」


 そう言って立ち上がると、そのままふらふらとした足取りで普通科の校舎へと引き返す。足が、重い。鉛を、埋め込まれた、みたいな。


「あ、あの……」


 女子生徒はおろおろとした表情であたしの袖を軽く摘む。その弱々しさが酷く気持ち悪く思えて、勢いよく弾いた。


「触らないで!」


 叫んだ声は自分が思っている以上に大きく響き、女子生徒はびくりと肩を強く震わせた。怯えた彼女の瞳に映っていたあたしは、まるで……。


「ご、ごめんなさい……でも、大丈夫だから」


 あたしは無理矢理に引き攣った笑みを浮かべ、その場を後にする。一瞬だけ見えた彼女の表情が少しだけ安心していたような顔だったから、上手く笑えていたんだろう。仮面のような笑顔だけは上手くなったと、冷静な自分が分析していた。


 その日の夜はしとしとと雨が降っていた。傘を持ってはいたけれど、あたしは差すこともせずに池袋の街をふらふらと歩き回り続ける。あの後、学校近くのスタバでしばらく悶々と考え続けたが結局答えは出なかった。だから、もういいかと思った。どうせこの時間まで考えても答えがでなかったのだから、考える必要なんかもうないということだ。なら、もう考えることはやめてしまおう。もう壊れてしまおう。そうすれば、楽なんだから。


 空を見上げると暗闇に雨雲が溶けていて、そこから落ちてくる雨は死んでいく自分の心のようだと思った。


あたしは奥歯を強く噛むと、目に入ったゲームセンターに足を運ぶ。そこは地下にあるせいか、何処かアンダーグラウンドな印象を受けた。


 雨のせいか、繁盛していないせいかは分からなかったが、客の姿は驚くほどまばらだった。あたしはその中の一人に目を付けふらふらと近づいていく。ネクタイをいつもより緩め、胸元のボタンを一つ多く外す。そして、鞄から煙草のケースを取り出し、口に咥える。火を点けて煙を思いっきり吸うと、軀の中にぽっかりと空いた穴が埋まっていくように感じた。


 あたしが目を付けた客はおそらく二十代後半の男性。痩せた頬が、どこか下劣な印象を与えた。


 その人物はこちらに気が付いたのか、見ていた画面から視線を外してこちらを見る。目のくぼんだ様子だとか、不自然に痩せたところを見ると、薬物か何かをしているのかもしれないと思った。


 ちょうどいい。壊れている人なら、あたしを壊してくれるかもしれない。


 口の端を吊り上げて、ありったけの笑みを顔に浮かべて言う。


「ねえ、あたしを買ってよ」


 そう言ったあたしの頬にはきっと、涙が伝っていた。

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