第2話 好き
どこか懐かしいような音で目を覚ますと、電車に乗っていた。ガタンゴトン、と一定のリズムで揺れる座席の隣には、ツバメが涼しい顔をして座っていた。
「今......何時だ?」
「時計ないから分かんないけど、朝の九時過ぎ頃かな。もしかして電車乗ったこと、覚えてない?」
俺はまだ寝ている脳を必死に回転させて思い出す。
「覚えてないんだ」と笑うツバメ。
「今、集合場所に向かってるんだ。あと一時間はかかるかな、ちなみに交通費は全額依頼者が負担してくれるって」
次々と頭に滑り込む情報を処理することを諦め、俺はよく分からないまま頷いた。
「今向かってる駅のコインロッカーにスーツを入れておいてくれてるらしい。トイレで着替えてから向かうからね」
駅の、コインロッカーに、スーツが入っていて、トイレで着替えて、向かう。向かう、どこに?
はっと我に返り仕事の存在を思い出す。寝ぼけた今朝の俺は、仕事に行くと言ってしまったらしい。数時間前の自分を恨みながら、俺はあくびを噛み殺した。
しばらく無言のまま電車に揺られる。電車に乗っているのが俺達しかいないことを奇妙に感じつつも、あの施設が手配した電車だからか、と思うと納得してしまう。
ツバメは「あ」と声を漏らし、向かいの窓を指差した。
「あの雲、エビフライみたい」
真面目な顔をしたツバメの気の抜ける発言に、思わず吹き出す。「何だよー」と頬を膨らませつつも、どこか嬉しそうなツバメ。愛おしいとただ只管に思う。
「俺、お前の事やっぱり好きだ」
その言葉はこぼれるように口から出た。隣からツバメの戸惑いを感じつつ、前を向きながら「好きだよ」ともう一度言うが、ツバメは何も言わない。いつもそうだ、俺の告白はいつだってお互いに苦しみしか与えないと分かっているのに、ぽろりと無意識に口から飛び出る。
理由は単純、俺はツバメが好きなんだ。
「あ、ごめんな。またこういう事言って」
申し訳無さを感じて、慌てて後付け感のある台詞を口にした。
「謝ることじゃないでしょ、分かんない、けど」
ツバメは少し下を向きながら頬を掻いた。互いに目を逸らすのは、気まずいからなんて生温い理由ではなく、相手に申し訳ないと本気で思っているからだ。
「......ごめん。俺が人を好きになれる人間だったら、きっとイスカの事、好きだったと思う」
気遣ったつもりであろうその言葉はナイフのように鋭く光り、俺の胸に突きつけられた。そんな事言わないで欲しい、と心から思う。いっそ気持ち悪いからもう二度とそんな事を言うな、とでも言ってくれれば俺の胸はナイフで滅多刺しになるのに。そうすれば同じ痛みを味わいたくない俺は、綺麗さっぱりツバメのことを諦められるのに、と思う。
やるせない、ただその一言に尽きる。お互いが大好きで最優先なのに、いつだって俺達の好きは、相手に届く直前に折れ曲がって自分に返ってくるんだ。だから俺はツバメのことなんて忘れてしまいたいのに、本能がそれに従わない。ツバメの一挙一動に心臓は叫び、ツバメの優しさに身体が温まる。俺の好きは遺伝子的な話なんじゃないか、と思うくらいに本能がツバメを愛している。
「イスカ、もう着く」
気まずい空気を吸っていたら、いつの間にか目的地に着いたらしい。
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