多方通行

有くつろ

第1話 仕事

 地球に存在するどの言葉も、俺の気持ちを代弁はしてくれないだろう。

こんなにも変な感情は言葉で表せない。歯痒い、満たされない、切ない、苦しい。似た言葉は沢山存在しても、どの言葉を使ったって、身体の痒いところから数センチ離れたところを掻かれているような、もどかしさを感じるんだ。


 いつものことだ。ドアを開けると、石鹸の匂いが俺を出迎えて、二段ベッドの下の段に寝転がるツバメが嬉しそうに顔を上げる。

「おかえり」

身体が鉛のように重く感じるほど疲れていた俺は、彼の柔らかい声に口角を上げて返事をした。


 「イスカ、シャワーは?」

「もう浴びた。髪も乾かしたから」

ギシギシと音を立てながら、俺はベッドの二段目に上る。

倒れ込むようにしてベッドに寝そべると、幸せな温かさが俺を包んだ。

「かなりお疲れだね」と、下からツバメの籠もった声が聞こえる。

「かなりな。向こうが何も考えない脳筋だったんだ」

ああ、と同情するようにツバメは声を漏らした。


 ここは、親も居なければ、引き取ってくれる親戚も居ない子供が住む施設だ。部屋は全て二人部屋で、二段ベッドと小さな机しかない質素なものになっている。ここに住む奴等は皆風呂は大浴場で、食事は食堂で済ますため、ルームメイト関係なく仲が良い。


 ただ食べて寝るだけの施設ではなく、ここではバイトのようなものが出来る。食堂に働き手を募集している仕事の、仕事内容と報酬が書かれた一覧表が貼ってあり、俺達はそれを見て仕事に向かう。孤児院のような施設なのに、十五歳以上の入居者は食べ物を食べるにも、大浴場に入るにも自分で代金を支払わなければならないため、俺達は仕事をしなければならない。


 しかしどの仕事もまともではない。殺し屋、運び屋、明らかに怪しい人物のボディーガード。グレーとも言えない、完全なる犯罪ばかりだ。子供にこんな事をやらせているこの施設を国は承認しているのだろうか、と考えるだけで恐ろしい。


 入居したときに付けられる名前も不気味だ。施設を管理している奴の趣味らしく、全員に鳥の名前が付けられている。なぜこの施設に入った人間が本名を奪われなければならないのかは分からない。戸籍が消されるから、という噂が最も有力だが。


 けれど、何から何まで怪しいこの施設に入ったことを、俺は一度も後悔したことがない。理由は単純、ツバメが居るからだ。


 隠さずに言えば、俺はツバメが好きだ。こんな仕事に関わって欲しくない俺は、いつか彼の生活費も払えるくらいに沢山働くつもりだ。まだ十八歳の今は、情けないことに自分の生活費を払うことで手一杯だけれど。


 「イスカ」

ツバメの小さな声が重い瞼を開かせた。

「起きてる?」

ああ、と低い声を無理矢理出して答える。

「シャワー浴びる前に食堂寄って確認したんだけど、明日かなり給料が高い仕事が入ってたから、一緒に行こうよ」

弾む声でそう言うツバメだが、俺は承諾するのを少し躊躇った。給料が良いということは仕事がかなり危険だということでもあるからだ。

「仕事内容は?」

「......取引現場のサポート?」

俺が危険を考慮していることを察したのだろう、断られることを恐れているのか、ツバメはおずおずとそう言った。


 「必要なものは?」

「......フリントロック式リボルバー......スーツは向こうで用意してくれるらしい」

スーツの着用と銃の持参が求められる仕事は、快く参加したいものではない。わざわざ身なりをきちんと統一するということは、裏から狙撃するわけではなく、相手の真正面に立つということだ。それがどれだけ危険なことか、きっとツバメは理解していない。

「......それ、危ないだろ」

「ここで生活してること自体が危ないでしょ。良いじゃんイスカ、今更躊躇することなんて何も無いよ」

お願い、と懇願するツバメ。そんなに報酬が大事なのか、とため息をつきそうになる。ツバメには自分の命が報酬より重いものだと認識して欲しい。


 「明日の体調で考える」

説得をしても無駄だと考えそう呟くと、ツバメは歓喜の声を上げた。

「イスカとの仕事久しぶりだもん。じゃ、また明日ね」

どうやら彼の中では、俺が仕事を共にする事が決定しているらしい。

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