24話 テミルという男

 ブリトンの検問所は騒然としていた。

 突然、内外の往来を禁止されたからだ。

 商人も、民間人も、他国の使節団も全て等しく――

 それは既に三日が過ぎていた――


 噂が飛び交う。


 ――凶悪な殺人犯が逃げた


 ――要人が暗殺された


 ――とんでもない機密情報を握った役人が逃げ出した。


 人々は検問所が開くまで、暇をつぶすように色々な噂話をした。



 だが、難民審査所は、違った。

 今まで通り、滞り無く業務が行われていた。

 むしろ、人員が増やされたのか、今日はやけに審査が早く回っていた。

 それを不思議に思う人は殆どいなかった。

 早く審査が行われることは悪いことではないからだ。

 それは、テミルも同じだった。

 とても有り難かった。


 一刻も早く、落ち着ける場所に逃げ込みたい――


 そう思っていたからだ。


「六七番」


 テミルは立ち上がり、窓口に近づいて行った。

 窓口に座っているメガネをかけたドワーフは、確認するように聞いた。


「テミルだな?」

「はい」

「審査が通った」

「ほ、本当ですか⁉️」


 テミルは予想外に大きな声が出てしまい『しまった』と思った。

 案の定、周りの視線がテミルに集まってしまった。

 当然、窓口のドワーフも、怪訝な目でテミルを見た。


「……この書類を持って、生活保護課へ行ってくれ。

 そこで、今後の居住計画について話してくれれば、君も正式にオーウェン共和国の住民だ」

「分かりました、ありがとうございます」


 書類を受け取り、荷物を持って、難民審査所を後にした。



 

 テミルは顔を上げた。


 初めて見るオーウェン共和国の地。

 初めて来る首都ブリトン。

 全ての種族が平等に扱われ、どんな理由でも拒絶されない理想の地。


 ついに安息の地に辿り着いた――


 テミルは心からそう思った。


 『あんな事』は忘れて、ここで新たな暮らしを始めよう――


 傷が癒えるのには時間が係るけれども――


 ここはもう安全だ――


 癒えるまで、休んでれいればいい――


 テミルには、今希望しか見えていなかった。

 力強く前へ足を進める。


 さぁ、生活保護課へ向かおう――


 そう思った――


「止まれ」


 テミルは反射的に、足を止めた。

 呼び止めたのは、二人の男女。


 服装を見るに、オーウェン共和国の兵士であることは分かった。


 混乱したテミルは言葉を発せずにいた。


「テミル、君に伺いたいことがある。

 少しついてきて貰えるか? なに、すぐそこだ」


 テミルは怯えながら、頷くことしかできなかった。





「好きな所に座ってくれ」


 近くの建物に入ると女の兵士が言った。

 テミルは近くの椅子に恐る恐る座り、少し部屋を見渡した。


 大きな箱と、独特な科学塗料の匂い――そして、銃や剣が並べられていた。


 そこが、軍の備蓄庫であることは、容易に想像できた。


 男の兵士は、ドアの前で立っていた。

 女の兵士は、テミルの対面に座り、話し始めた。


「君を呼び止め理由は二つある。とても重大なことだ。なんだか分かるな?」


 テミルは、声を出さなかった。

 だが、彼女が何を言っているのかは分かった。


「君、身分を偽造しているだろ」


 ――やっぱり


「どうなんだ?」


 テミルは答えることが出来ない。

 それは、処分を恐れてのことだった。

 今ここで勇敢に嘘を言えるほど、テミルに勇ましさは無かった。


「……うん、処分を恐れているのは分かる。

 だが、次に聞くことに答えてくれれば、偽造の件は無かったことにしよう」

「え……?」


 破格の申し出に、テミルは反射的に声が出てしまった。



「君がどうしてここに来たのか、それを教えてくれ」



 テミルは再び答えることができなかった。

 その理由は、さっきとは違う。


 『それを他人に言うわけにはいかない』のだ。


 テミルは迷っていた。

 どうすれば、自分の命が助かるのか。

 頭の中でぐるぐると思考が巡っていた。

 すると、女の兵士は少し前のめりになって言った。


「もし、君の懸念が私の想像通りならば、安心してくれていい。

 申し遅れたが、私はニーヴ・モナハン。オーウェン共和国軍副司令官だ」

「ふ、副司令官……‼️」


 相手の肩書に驚くテミル。


「どうかな、喋ってくれるだろうか?」


 ニーヴの申し出に、テミルの腹は決まった。


「……喋ります。私の故郷……サッチ王国のことについて……」

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