16話 異常な状況

 病室に移されたキアンは、穏やかな様子で、眠っていた。


 重傷の中、長い道のりを運ばれ、着いたらすぐに手術。

 しかも、左目を貫通。

 相当な疲労だろう、無理もない。


「奇跡だな」


 ミオは、キアンが眠るベッドの横に座るリズに向けて言った。

 リズは、ただ安心した様子でキアンを見つめていた。


「そろそろ、何が起きたのか聞いてもいいか?」


 リズの表情は曇ってしまった。


「私の方から報告いたします」


 ニーヴがリズを庇うように、声を上げた。


「リズ様、キアン殿、私からなる調査隊は、昼過ぎに旧ゴールウェイ区域に到達。

 そして、旧ゴールウェイ区域が完全に更地にされていることを確認しまして、即座に離れようとしました。

 しかし、その瞬間を背後から狙われ、狙撃を受け、キアン殿が負傷しました」

「……犯人は分からずか?」

「すみません、その場を離れるわけにはいかないと思いまして……」

「いや、それで正解だ。問題ない」


 ニーヴは胸をなでおろした。


「狙撃を受けた瞬間、障壁展開はしたのか?」

「はい、対魔障壁と対物障壁を展開したのですが……」

「貫通したのか……?」

「はい……しかも、対魔障壁の方には反応せず、対物諸壁のほうを貫通していきました」

「……そうか」


 ミオは驚いていた。


 対魔障壁と対物障壁を展開するやり方は、万国共通の緊急対応。

 長い年月をかけて、よく使われる魔力の密度、この世界に存在する物体の密度を研究し、一番効果的な障壁の魔力密度を算出。


 そして採用されがのが、現在の対魔障壁、対物障壁であり、二重展開が最も生存率を上げるという結果だった。

 実践での効果も証明済みだ。


 それも、何一〇〇年も続く長い歴史の中で、揺るがぬことのなかった常識だった。


「狙撃対象はキアン殿だったのか?」

「それは……」


 ニーヴはチラリとリズを見た。

 リズは、意を決した様子で、口を開いた。


「私が狙われてた」

「え……?」


 ミオは驚いていた。


「私が狙われていたのを、キアン君が庇ってくれたの。

 そして、キアン君の目に……」


 リズの目からは涙が溢れ、口も震えてまともに喋ることができないようだった。

 自分が狙われた恐怖と、他人が殺されそうになった恐怖。

 二つの恐怖がリズを襲ったのだ。

 信じられない体験だっただろう。


「ごめんね、お兄ちゃん……」


 リズの予想外な言葉にミオは驚いた。


「……謝るな、リズ」

「無理やり調査の許可もらったのに、こんな事になって……」

「いいんだ。調査は何度でもできる。命に比べれば小さなことだ」

「でも……私……結局なんの成果も無くて……ただキアン君を……」


 リズは自責の念に駆られていた。

 自信満々で、雄弁で、兄すら言いくるめる強気なリズの姿はそこにはなかった。


 失敗。


 しかもそれは、失敗などと言い捨てて良いものではない。


 一人の命が消えそうになったのだから――


 リズの気持ちを推し量りながら、ミオはどんな言葉をかければ良いか迷っていた。


「まるで、何もかも失敗したみたいに言いますね……」


 突如聞こえたその声は、ニーヴでもリズでも、ミオでもなかった。

 全員が振り向いた。


 そこには、ベッドから起き上がったキアンがいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る