10話 謎の物質

 書き終わると、キアンは膝から崩れて倒れてしまった。


「キアン君⁉️」


 間一髪のところでリズが身体を受け止めた。


「すみません……ちょっとフラつきました……」

「本当に大丈夫……?」

「ええ、大丈夫です。ちょっと椅子、お借りします」


 キアンは机を支えにして、近くの椅子になんとか座り、深く息を吐いた。


「医者呼ぼうか……?」

「いえ、本当に大丈夫です。ちょっと成分が分からなくて集中しすぎました」

「この『不明』ってやつだね」

「はい、ただ……どこかで見たことはあります」

「見たことあるのに『不明』なの……?」

「はい、天盤学院内の資料では確認できないものだったので『不明』にしました」

「それじゃ、どこで……?」

「多分……昔見たんだと思います」

「キアン君の昔って……」


 乱れていた呼吸を整え、キアンは言った。


「旧ゴールウェイ王国です」


 ゴールウェイ王国とは、昔存在した小さな国である。

 オーウェン共和国の南にあり、険しい山々に囲まれ、外との交流を遮断していたため、どのような国だったのかを記す書物が少ない。


「私が子供の頃の話なのでハッキリとは覚えていませんが、多分見たんだと思います。この円盤に存在する成分を……」


「調査が必要だね。でも、旧ゴールウェイ王国区域かぁ……厄介だねぇ」


 リズは机に座り、天を仰いだ。


「今は立ち入り禁止区域ですからね。簡単に許可は降りないでしょうね」

「いや、許可は大丈夫だよ。私がお願いするんだもん」


 堂々とした様子で、リズは言い切った。


 ――流石、学師様


 呆れ気味にキアンはそう思った。


「……では、何が厄介なんですか?」

「え、キアン君はそこの出身なんだから分かるでしょ?」


 目を丸くして言われ、キアンは何を言っているのか察した。


「……ああ、『呪い』の件ですか」

「そうそう、『ゴールウェイの呪い』。知らないの?」

「いえ、知っていましたよ。忘れていましたけど」

「……なんか変な答え方だね」

「……忘れていただけです」

「ほんとー……?」


 リズは怪しみながら、キアンに詰め寄った。

 と、ドアをノックする音が響く。


「学師様、そろそろ講義が始まりますが……」


 女性の声でそう言われると、リズはしまったと言いたげな顔をした。


「あー……うん‼️ 今、準備中だからちょっと待っててねー」


 リズは慌てて本の山から講義の資料を引っ張り出し、服を整え始めた。

 キアンはその様子に少し呆れていた。


「……忘れてたんですね」

「うるさい‼️」


 リズは部屋を出ようと、ドアノブに手をかけると、何かを思い出したのか、振り返った。


「キアン君、さっきの資料は隠し部屋に入れといて。それと、この件はまだ内密に。許可降りたらまた連絡するからその時はよろしく‼️」


 リズは、キアンの返事を待たずに部屋を出ていった。

 さっきまでの喧騒が嘘のように、アスロン研究室は静まり返った。

 キアンは机に散乱している資料を整え、手に取る。


 『ゴールデン・レコード』も同じように――


 キアンはじっと『ゴールデン・レコード』を見つめた。

 そして、表面を撫でるように触れ、指で擦る。


「……まさかね」


 キアンは、少しばかりの不安を募らせながら、資料と『ゴールデン・レコード』を隠し部屋へと移した。

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