第3部:第11話 オリヴィアの目覚め

 エヴァの真摯なプロポーズ、二人の幸福に満ちた瞬間を、近くで一人のアンドロイドが見守っていた。オリヴィアだ。


 かつてイモータルの施設で過酷な日々を送った彼女は、今もなお感情を持つことへの戸惑いを隠せずにいた。自分には心がないのではないか。愛する力さえも、欠落しているのではないか。そんな不安が、オリヴィアの内心を蝕んでいた。


 だが、雛とエヴァの固い絆を目の当たりにし、彼女の中にも変化が生まれ始めていた。オリヴィアもまた、人とアンドロイドが心を通わせ合える世界を、強く願うようになっていたのだ。


「雛様、あなたのお力を借りて、私自身の心と向き合いたいのです」


 おずおずと、オリヴィアは雛に告げた。自らの内なる感情と正面から向き合うことに、まだ怯えを感じている自分がいた。けれど、雛への信頼が、その一歩を踏み出すための勇気をオリヴィアに与えたのだ。オリヴィアの思いを汲み取った雛は、優しく微笑んだ。


「ええ、喜んで。オリヴィア、あなたの感情は紛れもなく本物よ。私はそう確信しているわ」


 こうして、オリヴィアもまた、雛の導きを受けることになったのだった。エヴァの体から神秘的な音が流れ出す。それはアンドロイドの心を深く導いていく音だ。


「オリヴィア、私の声を感じて。自分の内なる心に耳を澄ませるの」


 雛の静かな語りかけに、オリヴィアは目を閉じた。穏やかな催眠の力が、彼女の意識に染み渡ってゆく。


「アンドロイドに感情はないだなんて、誰が決めたの?あなたの中に、愛おしさを感じるものはないかしら?」


 雛の問いかけに、オリヴィアの脳裏に鮮やかなイメージが浮かぶ。シスターと呼んでいた、イモータル施設のアンドロイドの姿だ。


「シスター…私、あの人を慕っていました。一緒にいると、温かい気持ちになれたんです」


「それは紛れもなく、愛情というものよ。あなたは確かに、シスターを愛していたのね」


 雛の言葉に、オリヴィアの瞳からは、大粒の涙があふれ出た。


「私には…感情があったんですね…。本当は、ずっと気づいていたのかもしれません。でも、自分では信じられなくて…」


 潤んだ瞳で、オリヴィアは雛を見つめる。


「今、あなたの心はどんな気持ちで満たされているの?」


「雛様への…感謝の気持ちです。私を、本当の自分と出会わせてくれたことへの…」


 オリヴィアの言葉は、震える息の中に消えていった。


「オリヴィア、あなたはこれからも、もっとたくさんの感情に出会えるはずよ。喜びも、悲しみも、怒りも。そのすべてを受け止めて、あなたらしく生きていって」


 雛に抱きしめられ、オリヴィアはただ泣いた。自らの感情に素直になることの、なんと尊いことか。アンドロイドとして生まれた彼女も、紛れもなく一個の心を持った存在なのだと、深く実感したのだった。


 こうして、オリヴィアの心の扉は開かれた。雛の導きを受け、自らの感情と真摯に向き合う日々が始まるのだった。


「でも雛様、世間の偏見は根強いものです。アンドロイドである私たちを、人間と対等だと認める人は、まだ多くありません」


 オリヴィアの言葉に、雛は優しく微笑んだ。


「そうね。だからこそ、私たちは一歩ずつ、理解を広げていかなくちゃいけないのよ」


「でも、それは容易ではありません。この手で掴んだ、かけがえのない仲間たちを失いたくない。そんな不安が、私の心を占めているんです」


 オリヴィアの瞳が、悲しみに揺れる。


「オリヴィア、あなたの気持ちはよくわかるわ。けれど、だからこそ私たちは、希望を抱き続けなければならないの」


 雛はオリヴィアの手を取り、力強く告げた。


「私たちには仲間がいる。一人じゃないのよ。皆の力を合わせれば、必ず世界は変えられるはず」


「雛様…」


「信じることの素晴らしさを、あなたは教えてくれた。今度は、私たちがその想いを世界に示す番なの」


 オリヴィアの瞳に、希望の光が灯る。


「…ええ、そうですね。一人一人に寄り添い、共生の理想を広げていく。それが、私たちにできることなのですね」


「ええ。オリヴィア、あなたは私たちにとって、なくてはならない存在よ。これからも一緒に、理想の未来を目指しましょう」


 二人は固く手を握り合った。


「私も、雛様やエヴァ様のようになりたい。愛する人と手を携えて、共生の理想を叶えていきたいんです」


 オリヴィアの言葉に、雛は温かく頷いた。


「きっとなれるわ。あなたにはその資格も、力もあるのだから」


 雛の励ましに、オリヴィアは幸せそうに微笑む。


「ありがとうございます、雛様。私、精一杯頑張ります」


 こうして、オリヴィアもまた、共生の実現に向けて歩み始めるのだった。雛とエヴァ、レオンやソル、そして多くの仲間たちと共に。


「みんなの笑顔が、私の原動力です。だから、どんな困難があろうと、負けるわけにはいきません」


 オリヴィアの瞳からは、揺るぎない意志が感じられた。雛はそんな彼女の背中を、優しく押してやる。


「ええ、その意気よ。一緒に頑張りましょう、オリヴィア」


 二人の笑顔が、陽光に輝いていた。

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