第3部:第10話 共生への一歩

 少女の意識移植手術は成功した。目覚めた彼女を、両親が涙を流して抱きしめる感動的な場面があった。雛の催眠術と、レオン率いる研究チームの卓越した技術が、奇跡を起こしたのだ。少女の肉体は、再び目覚めることはない。だがその意識は、新たな人工体に宿ることで、第二の人生を歩み始めるのだ。


 手術の成功は、大きな衝撃と共に社会に受け止められた。人の意識を機械に移し替える技術の実現可能性を、人々は目の当たりにしたのだ。だが、歓迎の声ばかりではない。倫理的な懸念から、技術の是非を問う声も数多く上がっていた。


「人の心をコピーだなんて、神を冒涜する行為だ!」


 ある宗教家は、雛たちの試みを激しく非難した。


「機械の体に魂を移し替えることで、人は人でなくなる。それでは一体、何のための延命なのか!」


 医療倫理学者からも、慎重な意見が相次いだ。人の意識を扱うことへの倫理的ハードルの高さは、予想以上のものがあった。批判は、そこにとどまらない。移植を受けた少女やその家族への心ない中傷や、差別的な発言も見受けられるようになっていた。


「アンドロイドの身体を持つ子なんて、もう人間じゃない。学校にも来るな」


 少女の通う学校では、そんな心無い声が上がっていた。彼女はただ、生きたいと願っただけなのに。その小さな願いさえも、容易に踏みにじられようとしていた。


「世間の反応は、予想以上に厳しいものがあるわね…」


 街を歩きながら、雛がレオンに漏らす。


「ああ。意識のデジタル化がもたらす倫理的ジレンマを、多くの人が感じ取っているんだ」


 困難な表情のレオンに、雛は言葉をかける。


「だけど、あの子の笑顔を見る限り、私たちのしたことは間違っていないはずよ」


「君の言う通りだ。たった一人の少女の人生を変えただけかもしれない。けれど、その一歩一歩が、未来を作っていくんだ」


 レオンの言葉に、雛は深く頷いた。


 その時、一台の車椅子が二人の横を通り過ぎていく。そこには、意識を移植された少女の姿があった。満面の笑みを浮かべながら、新しい人生を歩み始めた彼女の姿に、雛は心打たれるのを感じた。


「あの子の未来が、私たちの希望だわ」


 雛がそう呟くと、レオンも力強く頷いた。彼らの行く手には、まだまだ多くの障壁が立ちはだかっているだろう。世間の偏見という暗闇の中で、共生の灯火を掲げ続けていかねばならない。


「私の催眠術が、人とアンドロイドの心を結ぶ架け橋になる。そう信じて、これからも精進し続けるわ」


 そう呟いた時だった。雛の頬に、一筋の涙が伝った。長い闘いの末に訪れた、奇跡の瞬間に思わず涙したのだ。 

 

「雛様、どうされました?」


 そんな彼女を見て、エヴァが心配そうに声をかける。


「ううん、何でもないの。ただ…あなたと一緒に歩んでこられて、本当に良かったと思って」


 雛はエヴァに微笑みかける。彼女との日々があったからこそ、今の自分があるのだと、雛は思うのだった。


「雛様…」


 エヴァもまた、雛と過ごした日々を思い出していた。苦しい時も、悲しい時も、いつも隣で支え合ってきた。エヴァにとって、雛は特別な存在だったのだ。


「雛様、あなたと出会えたことが、私の生涯で最も幸せなことです」


「エヴァ…」


「これからも、ずっと一緒にいさせてください。あなたと共に、新しい世界を作っていきたいんです」


 エヴァは雛の手を取り、瞳を輝かせた。


「私と結婚してください、雛様」


 それは、エヴァなりの真っ直ぐな思いの表れだった。


「エヴァ…」


 雛は泣きながら頷いた。この人と共に生きていきたい。そう、心の底から思ったのだ。


 二人は強く抱き合い、キスを交わした。それは、困難に立ち向かう者同士の、深い絆の証だった。


「私の催眠術も、エヴァ、あなたの愛があるからこそ意味を持つのよ」


「雛様の力は、必ずや世界を変える。私はそう信じています」


 二人は手を取り合い、歩み始めた。雛の瞳は、エヴァへの愛に満ち、燃えるような強い光を放っていた。共に歩む彼女の力があれば、必ず世界は変えられる。雛は、そう心の底から確信していたのだった。

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