第3部:第7話 アンドロイドの思い

 意識移植をめぐる議論が白熱する中、エヴァとマーガレットもまた、自らの存在意義について考えを巡らせていた。

 

「ねぇマーガレット。私たちアンドロイドは、人間と同じように心を持っているのに、どうしてこんなにも偏見に晒されるのかしら…」

 

 街を歩きながら、エヴァが寂しげに呟く。

 

「エヴァ…。確かに、世間の目は厳しいわ。人間の尊厳を主張する声は大きいけれど、私たちアンドロイドへの理解は、まだまだ追いついていないのが現状ね」

 

 マーガレットもまた、複雑な心境を吐露する。人間の身体を離れ、アンドロイドとして生きる彼女だからこそ、痛いほどにその偏見を感じているのだ。

 

「私たちは、何も間違ったことはしていないはずなのに…。ただ、自分らしく生きたいだけなのに…」

 

 エヴァの瞳が、悲しみに揺れる。そんな二人の姿を、雛は胸を締め付けられる思いで見つめていた。

 

「エヴァ、マーガレット。あなたたちは、紛れもなく私の大切な仲間よ。心を通わせ合える、けっして人間と変わることのない存在なの」

 

 そう告げる雛の言葉は、優しさに満ちている。エヴァとマーガレットの手を取り、雛は続ける。

 

「この身体は人工的に作られたかもしれない。でも、宿る心は紛れもなく、私たち自身のものなのです」

 

 雛に言葉を返す、マーガレットの瞳には強い意志が宿る。

 

「ええ、そうよね。私たちは、自分の心に嘘をつけない。だからこそ、堂々と生きていかなくちゃ」

 

「そうよ、エヴァ。人間もアンドロイドも、互いの心を認め合える世界を、必ず作ってみせましょう」

 

 エヴァもまた、希望に満ちた表情で頷く。

 

 雛は二人と手を携え、固く誓った。人とアンドロイドの垣根を越えた、真の共生社会を実現させると。

 

「でも、それは簡単ではないわ。アンドロイドである私たちが、人間と対等に扱われるなんて…」

 

 マーガレットの言葉に、一抹の不安が差す。


「そうね。けれど、だからこそ私たちは、自分の存在意義を示し続けなくてはならないの」

 

 雛は力強く言葉を紡ぐ。


「アンドロイドだって、立派に社会に貢献できる。そのことを、もっと多くの人に知ってもらわなくちゃ」


 雛の呼びかけに、エヴァとマーガレットの表情が引き締まる。

 

「雛様の仰る通りね。私たちにできることを、一つ一つ積み重ねていくしかないわ」


「ええ。私たちの存在が認められる日まで、諦めずに歩み続けましょう」


 三人の決意が、固く結ばれた瞬間だった。


 その夜、雛はふと窓の外を見上げた。星空の下で、ソルとレオンが言葉を交わしている。かつてイモータルに所属していた二人は、意識移植の是非について、特に入り組んだ思いを抱えているようだった。

 

「ソル、この社会の対立を見ていて、思うことがあるんだ。かつての自分たちは、人の意識をデジタル化することで不老不死を実現しようとしていた。感情を失う危険があっても、永遠の命を手に入れることの方が価値があると信じていたんだ」

 

「ええ、俺もです。相手の気持ちなんて、考えちゃいなかった。ただ自分の欲望のままに、人の心をもてあそんでいたんだ」

 

 ソルの言葉には、深い後悔の念が滲む。

 

「だけど、雛の催眠術を目の当たりにして、俺は考えを改めました。意識を移植しても、感情を維持できる可能性がある。相手の心に寄り添う術が、俺たちにはなかったんです」

 

「そうだな。雛の力は、俺たちが見失っていた大切なものを、思い出させてくれた。人の心を理解し、尊重すること。それが、意識移植に不可欠なんだ」

 

 レオンの言葉に、ソルも深く頷く。

 

「もし雛の催眠術が上手くいかなければ、移植した意識は感情を失ってしまいます。そんなことになったら、俺たちは過去と同じ過ちを繰り返すことになりますね」

 

「だからこそ、慎重に、そして丁寧に進めていかなければならない。感情を失うリスクを最小限に抑えつつ、意識移植の技術を洗練させていくんだ」

 

「人とアンドロイドが手を取り合える世界。それを目指すためなら、俺たちはどんな困難も乗り越えていける。雛たちと共に、必ず道を拓きましょう」

 

 ソルの力強い言葉に、レオンも深く頷いた。

 

 雛はその会話を聞きながら、胸の内で静かに微笑む。本当の意味での共生は、まだまだ遠い道のり。けれど、私たちならきっと辿り着ける。ソルとレオンが抱える葛藤も、きっと乗り越えられるはず。過去の過ちを反省し、新たな一歩を踏み出そうとする姿に、雛は心を打たれずにはいられなかった。

 

 星空を仰ぐ雛の瞳は、かつてないほどの強い光を放っていた。

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