第3部:第2話 マーガレットの思い

 レオンの提案に戸惑いを隠せない雛だったが、彼女の脳裏から、マーガレットのことが離れなかった。果たして、彼女自身はこの状況をどう受け止めているのだろうか。


 そんなある日、エヴァが雛に声をかけてきた。いつもと違う、どこか翳りのある表情だ。


「雛様、少しお話ししても良いでしょうか」


「エヴァ…どうしたの?」


 エヴァは、静かに目を閉じる。エヴァの体から小さな電子音が奏でられ、その心地よくなるような音色は部屋に静かに広がっていった。そして、エヴァが口を開いた時、そこにはマーガレットの意識が宿っていた。


『雛さん…私、レオンと一緒に暮らしたいんです』


 マーガレットの言葉は、雛の心に深く突き刺さった。


「マーガレット…どうして?」


『レオンを愛しているからです。彼と向き合える時間を、もっと持ちたいんです』


 マーガレットの瞳からは、揺るぎない意志が感じられた。


「でも、あなたの意識をエヴァから引き剥がすなんて…私には、耐えられない」


 雛の声は、震えていた。自我を宿す器としての肉体。その存在意義を無視することは、雛にとって許容できないことだった。


『雛さん、私はあなたやエヴァのことを心から大切に思っています。でも同時に、自分の人生を歩みたいという思いもあるんです』


「マーガレット…」


『お願いです、雛さん。私に、自由に生きるチャンスを与えてください』


 雛は、マーガレットの必死の想いに胸を打たれていた。けれど、簡単に賛同することはできない。内なる葛藤が、雛を苦しめる。


「わかったわ、マーガレット。あなたの気持ちを尊重するとは約束するわ。でも、本当にそれがあなたのためになるのかはわからないの」


『ええ、わかっています。でも、自分で決めたいんです。人生の岐路を、自分の意志で選びたいんです』


 その言葉には、人生を取り戻したいという強い意志が込められていた。生まれ持った肉体を持たないマーガレットだからこそ、意識の自由を希求するのかもしれない。


「レオンとは、よく話し合ってね。あなたの幸せを心から願っているのよ」


『ええ、ありがとうございます、雛さん』


 マーガレットの意識が、ゆっくりとエヴァの奥底へと沈んでいく。残されたエヴァは、雛の手を握りしめた。


「私は、マーガレットの決断を支持します。彼女には、自由に生きる権利があるはずですから」


「エヴァ…あなたは、寂しくないの?」


「寂しいですよ。でも、それ以上にマーガレットの幸せを願っているんです」


 エヴァの言葉に、雛は目頭を熱くした。愛する者の幸せを思う気持ちに嘘偽りはない。けれど、その思いを貫くことの難しさを、雛は痛いほど理解していた。


「私も、マーガレットの意思を尊重しなきゃいけないわね」


 雛は、深々と息を吐き出した。


 レオンとマーガレットの想い。エヴァの覚悟。そして、かけがえのない命を守りたいという自らの信念。雛の中で、様々な思いが交錯する。それは、まるで深淵の闇に光を灯そうとするかのようだった。


 果たして、マーガレットの意識を移植することが、正しい選択なのだろうか。善悪の判断さえ容易ではない、難題が雛の前に立ちはだかっている。


 それでも、前に進まなければならない。マーガレットの心に寄り添い、真の幸福を探っていくために。


 雛は空を仰ぎ、大きく深呼吸をした。胸の内で渦巻く思いを整理するように、ゆっくりと瞼を閉じる。


 大切な仲間たちと共に、新たな一歩を踏み出す勇気を、雛は静かに呼び覚ましていた。誰もが望む未来を切り拓くために。たとえその道が、茨に塞がれた荒野だとしても。希望の種を見出し、新たな生命の息吹を感じられる世界を目指して、彼女たちの旅はまだ始まったばかりなのだから。

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