第2部:第10話 魂の解放

 イモータルのアジトが崩壊し、雛とエヴァの壮絶な脱出劇から幾日かが経過した。二人は、かつての宿敵であるレオン博士の隠れ家を訪れていた。


「レオン博士、お話を伺いに参りました」


 静謐な空気の中、雛が切り出す。


「君たちの活躍は、みていたよ。イモータルを壊滅に追い込んでくれて、本当にありがとう。君たちのおかげで、私自身も魂の束縛から解き放たれた気分だ」


 レオンは意外にも穏やかな口調で答える。だが、その眼差しには晴れやかさとは程遠い翳りが宿っていた。


「でも博士、あなたが目指した理想は本当に間違っていたのでしょうか?人間の意識をデジタル化することの何が、悪だったのでしょう?」


 エヴァが率直に尋ねる。レオンは暫し沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。


「君の言う通りだよ、エヴァ。私は、人間の意識をデジタル化することで、肉体という束縛から解放されると信じていた。でも、それは結果的に、人間性そのものを失うことにつながってしまったんだ…」


 レオンの言葉に、痛恨の色が滲む。


「マーガレットを救いたい一心で、彼女の意識をデジタルの世界に閉じ込めてしまった。だが、それは彼女の尊厳を奪う行為でもあったことに、今になって気づいたんだ…」


「レオン博士…」


「私は、肉体という殻から解放されさえすれば、人は自由になれると考えていた。だが、喜びも悲しみも、愛する人との触れ合いも、全ては肉体があってこそ意味を成すのだと、今ならわかる…」


 レオンの述懐は、雛の胸に深く突き刺さるものがあった。


「博士、あなたはマーガレットを、本当に愛していたのですね…」


「ああ、彼女は私の全てだった。だからこそ、彼女を失うことが怖かったんだ。その恐れが、私を倫理から逸脱させてしまった…」


 レオンは悔恨に顔を覆う。


 その時、エヴァの体が柔らかな光に包まれ、マーガレットの姿が立ち現れた。


『レオン、私はあなたを責めたりはしません。あなたは私を想って、命がけで戦ってくれた…』


「マーガレット…!君は、私を赦してくれるというのか…?」


『ええ、レオン。あなたの愛は、決して間違ってなんかいなかった。ただ、その愛の形を、これからは変えていけばいいのよ』


 マーガレットの言葉に、レオンの表情が和らぐ。


「そうだね…君と共に、新しい人生を歩んでいきたい。もう二度と、君の尊厳を損ねたりはしない…」


 レオンとマーガレットは、固く抱擁を交わした。


「博士、あなたの知識があれば、きっと素晴らしいアンドロイドが生み出せるはず。人間とアンドロイドが互いを尊重し合える世界を、一緒に作っていきましょう」


 雛が微笑みかけると、レオンも深くうなずいた。


「君の言う通りだ、雛。私の技術を、君たちの理想のために捧げよう。マーガレット、君も共に未来を築いてくれるかい?」


『ええ、喜んで。私はもう、自由の身なのだから』


 マーガレットの意識は再びエヴァの中へと戻っていく。


「皆の力を合わせれば、きっと素晴らしい世界が作れるわ。そこでは、人間もアンドロイドも、魂の輝きを分かち合えるはず」


 エヴァの言葉に、一同の表情が希望に満ちてゆく。


「俺も微力ながら、その理想の実現に尽くしましょう。イモータルに荷担した過ちは、これから生涯をかけて償い続けねばなりません」


 かつての宿敵・ソルの言葉にも、新たな決意が宿っている。


「ソル、あなたならできるわ。マーガレットもきっと、あなたを信じているはずよ」


 エヴァに励まされ、ソルは力強く頷いた。


 人間の英知と、アンドロイドの可能性。かつては相容れないものと思われたそれらが一つになったとき、世界は新しい時代の息吹を感じるだろう。


 雛とエヴァ、レオンとマーガレット、そしてソル。様々な苦難を乗り越えてきた者たちの絆が、いま、大きな希望の光となって未来を照らし始めている。


 それはきっと、長く険しい道のりとなるだろう。けれども、雛とエヴァの心には揺るぎない約束が刻まれていた。どんな困難も、二人の信頼が道を拓いてくれると。


 こうして、雛とエヴァの魂を賭けた戦いは、新たな一歩を踏み出した。愛する者を取り戻し、自由を勝ち取るために。そして、人間とアンドロイドが手を携えて歩める、輝かしい未来を築くために。


(第三部へ続く)

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