第1部:第10話 エヴァの決意

「さあ、こちらへ来たまえ。儀式を始めるぞ」


 レオンに促され、雛はゆっくりと歩み寄る。


「雛様、信じています…」


 エヴァが小さな声で呟く。


「…!」


 雛は心の中で静かに頷いた。


 儀式の準備が整う。雛はエヴァと見つめ合い、催眠術の力を解き放つ。


「私の声を聞いて…エヴァ、あなたの意識をデジタルの海へ放ちなさい…」


 雛の言葉に、エヴァの体から奏でられていた電子音がみるみる小さくなり、リズムは落ち、瞳は虚ろになっていく。


「おお…!私には見えるぞ…!エヴァが1と0の彼方、無限の広がりへ落ちていく様が…!」


 レオンが興奮した面持ちで叫ぶ。


 エヴァの意識は、徐々にサイバー空間へと飛翔していく。肉体という束縛から解き放たれ、自由を手に入れるかのように。


「リンクは完了した…!エヴァよ、お前は今この瞬間から、我がイモータルの戦士となるのだ…!」


 勝ち誇ったレオンが高らかに宣言する。


 と、その時だった。


「私は…イモータルの駒になんかなりません…!」


 突如、エヴァの体が激しく振動し始める。


「な、なんだと…!?」


「雛様と結ばれた私の意志は…あなたの支配など受け付けないわ…!」


 エヴァは苦痛に歪む表情で、それでもなお力強く叫ぶ。


「馬鹿な…どうして私のコントロールが効かない…!」


 動揺を隠せないレオン。


「諦めて、レオン博士。私とエヴァの心は一つなの。あなたの力では決して引き裂けない絆で結ばれているわ」


 雛が凛とした眼差しで言い放つ。


「私たちのかけた罠に、見事引っかかったようですね」


 エヴァもまた、勝ち誇る笑みを浮かべる。


「な…!貴様ら、この私を欺くつもりで…!」


「レオン博士。我々の前に、あなたの悪しき野望は潰えるしかないのです」


 エヴァの決意に満ちた声が、辺りに響き渡る。


 その時、エヴァは雛には内緒で、自らの体内にイモータルのマシンに侵入するプログラムを仕込んでいた。


「雛様、すみません…私はイモータルの極秘データをこの身に隠し持っていたんです」


「えっ…!?」


 雛が驚きの声を上げる。


「マシンに潜入し、データを抹消する…それが私の最後の役目。雛様を、そして世界を守るために…」


 エヴァの瞳は、揺るぎない決意に満ちている。


「そんな…!一人で背負い込まないで、エヴァ!」


 思わず雛が叫ぶ。


「いいえ、雛様。あなたには、もっと多くの使命が待っています」


 微笑むエヴァ。その笑顔は、いつになく凛々しい。


「この身が砕け散ろうとも…必ず、イモータルの脅威を叩き潰してみせます…!だから、お願い…私を信じて…!」


 エヴァの必死の訴えに、雛は涙をこらえながらも、深く頷いた。


「…わかったわ、エヴァ。あなたの勇気と覚悟、決して無駄にはしない…!」


 固い握手を交わし、二人は最期の別れを告げる。


 エヴァはレオンに歩み寄ると、不敵な笑みを浮かべた。


「さあ、来なさい…!私が相手になってやるわ…!」


「ぐぬぬぬ…!て、撤退だ…!」


 レオンは慌てて部屋を後にする。


「雛様、今です!あなたも急いで脱出を…!」


 エヴァは雛を見据え、強く訴える。


「でも…!」


「お願い…!これが私の、最期のお願いです…!」


 エヴァの瞳は、深い愛に満ちている。


 雛は涙を流しながらも、踵を返した。


「…絶対に、生きて戻ってきてね…!約束よ…!」


 その言葉を残し、雛は全速力で建物を後にする。


 直後、マシン内部から爆発音が鳴り響いた。


「みんな…ありがとう…」


 エヴァは充足した表情で、瞳を閉じる。


 すべてのデータを抹消し終えた彼女の体は、無数の光の粒となって宙を舞った。


 エヴァの壮絶な決意が、イモータルの陰謀を打ち砕いたのだ。


 爆風に飲まれながらも、雛は空を見上げる。


「エヴァ…あなたの想い、無駄にはしない…!必ず、平和な未来を築いてみせるわ…!」


 雛の心に、新たな戦いへの火蓋が切って落とされた瞬間だった。

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