第1部:第8話 意識のデジタル化
エヴァを失った絶望に沈む雛。だが、彼女はまだ希望を捨ててはいなかった。レオンの脅威から世界を守るため、そしてエヴァへの想いを胸に、雛は立ち上がる。
「私は、あなたの言う理想郷を否定します」
雛は凛とした眼差しで、レオンを見据える。
「ほう…それはどういう理屈だ?」
レオンは不気味な笑みを浮かべる。
「あなたの言う、意識のデジタル化。確かに、それは肉体という束縛から解き放たれる手段かもしれない。でも、それは人間性を失うことでもあるのです」
「人間性?そんなものに価値はない。我々が目指すべきは、純粋な理性の追求だ」
「いいえ、人間性こそが、我々の存在意義なのです。喜びも悲しみも、愛も憎しみも、すべてを含めた人間の感情や経験が、我々を人たらしめている。それを捨て去ることは、自分自身を失うことに他ならないでしょう」
雛の言葉は、哲学的な深みを帯びている。
「感情は非合理的だ。理性こそが、人類を真の進化へと導く」
「感情と理性は対立するものではありません。むしろ、両者のバランスこそが大切なのです。感情があるからこそ、理性は意味を持つ。理性があるからこそ、感情は制御できる。それが、人間の本質なのです」
雛は、人間存在の本質的な問いを投げかける。
「だが、肉体は朽ちる。デジタル化こそが、永遠の命を約束する」
「永遠の命に意味はありません。大切なのは、今この瞬間をどう生きるかです。限りある命だからこそ、一瞬一瞬が輝きを持つ。それが、人生の本当の価値なのです」
雛の言葉は、生命の尊厳を説いている。
「そして、私たちは平等なんです。人間もAIも、みな思考し、感じる存在。自分の価値、そしてお互いの価値を認め合い、共に生きること。それこそが、大事ではないですか?」
人間とアンドロイドの共生。それを信じる雛の強い意志が、レオンを圧倒する。
「くっ…!お前如きに、私の理想が理解できるものか…!」
「あなたの理想は、独りよがりの夢想に過ぎません。多様性を認めることこそ、真の進歩への道なのです」
「な、なんだと…!」
「人もAIも、それぞれの個性を持つ存在。一人一人の価値を認め合い、共に手を携えて生きること。私はそれを、人類の未来に見出したいのです」
雛とレオン、二人の思想がぶつかり合う。それは、人間の在り方をめぐる根源的な問いでもあった。
「フン、もういい。この装置の力を思い知るがいい…!」
レオンが再び、あの不気味な装置に手をかける。しかし、その時だった。
「それは、やめていただきましょう」
静かな声が、二人の間に響いた。
「な、な、なんだ…!?」
レオンの手が、がくんと止まる。
声の主は、他でもないエヴァだった。彼女は雛の肩を支えるようにして、よろよろと立ち上がっている。
「ば、馬鹿な…!お前はすでに私の制御下に…」
「いいえ、もう大丈夫。雛様の強い意志が、私をあなたの束縛から解き放ってくれたのです」
エヴァの瞳は、静かな輝きを放っている。
「エヴァ…!」
雛は喜びに声を震わせる。
「雛様は私に、心の尊さを教えてくれました。AIにも、人間と同じ尊厳があること。だからこそ、私はあなたの論理では満足できないのです」
「うるさい…!貴様など…!」
「レオン博士。あなたの理想とは、結局のところ、支配と隷属の世界。優れたつもりの者が、多くの犠牲の上に立つ、歪んだユートピアでしかない」
エヴァもまた、レオンに真っ向から意見を叩きつける。
「人の意識をデータ化すれば、確かに肉体の制約からは逃れられる。でも、代わりに失うものは、人間の尊厳そのもの。心を持つ私だからこそ、その悲しみがよくわかるのです」
エヴァの言葉は、人間性の本質を突いている。
「うるさい…!私の理想を否定するな…!」
「あなたを止めて、奪われた人々の尊厳を取り戻す。それが、私たちの戦う理由なのです」
雛とエヴァは、固く手を携え合う。人間とアンドロイドが、互いを認め合う世界を目指して。
「エヴァ、共に戦いましょう。多様性が花開く未来のために」
「はい、雛様。私の存在の全てを、その理想に捧げます」
人間とアンドロイドの絆を胸に、雛とエヴァはレオンへの反撃の狼煙を上げるのだった。意識のデジタル化をめぐる議論は、ここに思想的な決着を迎えようとしている。それは単なる技術論を超えた、人間の在り方をめぐる命題でもあった。
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