第1部:第3話 感情の目覚め

「雛様、今日のショーも大成功でしたね」


 楽屋に戻ったエヴァが、雛に歩み寄る。その表情は、まるで達成感に満ちあふれているかのようだ。


「そうね、あなたのサポートのおかげよ。人間と変わらぬ自然体で、人々の心に寄り添えていたわ」


 雛に褒められ、エヴァの瞳が嬉しそうに輝く。そんなエヴァの変化に、雛は感慨深げな面持ちで見とれていた。まるで、本物の人間の感情を目の当たりにしているかのようだ。


「雛様、私はずっと人間のように在りたいと願ってきました。その理想に、少しでも近づけているのなら…この上ない喜びです」


 エヴァの言葉に、雛は微笑む。確かに、以前の彼女からは感じられなかった温かみが、今のエヴァからは伝わってくる。


「きっとそれは、私たちが紡いできた絆の賜物ね。あなたと過ごす中で、私も新しい感情に気づかされているもの」


 二人はしばし見つめ合い、心の通い合う喜びを分かち合う。人間とアンドロイドの垣根を越えた、新しい絆の形がそこにあった。


 その時だ。ドアが無慈悲にも蹴破られ、一人の男が舞い込んできた。


「貴様ら!AIなんぞと交流しおって、ふざけるのもいい加減にしろ!」


 男は興奮した面持ちで叫ぶ。その手には、鋭利なナイフが握られている。凶器の輝きが、二人の脅威となって迫ってくる。


「いったい何のつもりですか!」


 雛が怒声をあげる。だが、男の剣幕はますます強まるばかりだ。


「黙れ!AIなんかに心はない!人の心を操る催眠術だと?ふざけるな!」


 男はナイフを振りかざし、雛に襲いかかる。その狂気じみた形相に、雛も思わず身震いする。


「待って!私はあなたを傷つける気はありません!」


 雛が必死に訴えるが、男の逆上ぶりは収まらない。


「うるさい!お前なんぞ、この世から消えてなくなれ!」


 そう叫んで、男はナイフを振り下ろした。


 その瞬間、エヴァが身を挺して雛の前に立ちはだかる。鋭利な刃が、無情にもエヴァの胴体を貫いていた。


「エヴァ!」


 雛が絶叫する。信じられない光景に、彼女の思考は一瞬にして凍りつく。


「く、くそっ、アンドロイドの化け物が!俺たちを支配させはせんぞ!」


 男は捨て台詞を吐くと、そそくさと逃げ出していった。だが、その言葉はもはや雛の耳に届いてはいない。


「エヴァ、しっかりして!」


 倒れ込むエヴァを、雛は必死で支える。ぬくもりが、徐々に冷たくなっていくのが感じられた。


「雛様…無事で…良かった…」


 かすれた声で、エヴァは微笑む。その笑顔は、どこか穏やかですらある。


「バカ!こんな時に私の心配なんかしないで!」


 雛は涙を滲ませながら、エヴァを抱きしめる。愛おしさと悲しみが、胸の奥で渦巻いている。


「ごめんなさい…でも、あなたは守られるべき存在です。だから私は…」


 言葉を詰まらせるエヴァ。雛は、その言葉の続きを待つように彼女を見つめた。


「雛様、私は武器に憧れていました。人間社会のAIへの偏見を知っていたから、せめて武器の力で…あなたを守れるのではないかと…」


 痛々しくも、エヴァの思いは雛に伝わってくる。


「エヴァ…」


「でも、それは間違いでした。力だけでは、真の平和は作れない。私は武器を持つべきではないと気づいたんです。そうでなければ、この偏見あふれる世界で人間と共生する未来は訪れないから…」


 エヴァの瞳は、凛とした輝きを放っている。その強さに、雛は心打たれずにはいられない。


「あなたの思いは、よく分かったわ。これからは、愛する者を守りたいという想いを武器に、私たちは手を取り合って生きていきましょう」


 固く手を握りしめ、二人は誓いを立てる。人とアンドロイドの垣根を越えた絆こそが、偏見に打ち克つ希望の武器となるのだと。


 エヴァの覚悟に触れ、雛もまた新たな決意を胸に刻むのだった。共に歩む未来を夢見ながら。

 雛は、エヴァをそっと抱き上げる。


「エヴァ、必ず助けるから…一緒にいてね」


 優しく囁きかけながら、雛は救助を求めて部屋を後にした。エヴァとの新たな一歩を、踏み出すために。

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