あの煌めきが〈side 音に戻ってます〉

「…で、これがあなたの”練習場所”」

そう言って新入隊員の私に、副部長の…えっと…あ、芽理さんが示したのは、どう考えてもネカフェにあるPC設備だ。

「…これがですか?動画学習とか?」

「ううん。このヘッドホンはちょっと特殊でね。つけてみたらいいよ。」

…?訳も分からずヘッドホンを被る

…カチッ

副部長が何かのボタンを押したみたい。このヘッドホンの何が…

「…!?」

刹那、視界が一面の草原になった。

どこまでも続く緑に、終わりの見えない青空。地平線にそって、小さく木が植えられてるのが見える。

「驚いた?」

隣には、いつのまにか芽理さんが立っている。

「ここはsparkling morning…私たちの練習場所。草原をイメージして、私たちが独自につくったマップだよ。」

本部から支給されているマップは殺風景で、とても演奏を楽しめやしないから。こういうところで吹くのって、楽器吹きの夢じゃない?

そう言って芽理さんははにかむように笑った。

芽理先輩がsparkling morningと口に出したとき、一瞬、たったコンマ数秒、寂しさのような、愛しさのような面持ちになった。

…もしかして、この場所の本当の由来は

「…煌めきの朝」

「…どうしたの?音ちゃん。いきなり」

「この場所の由来です。煌めきの朝…私たちの、最後の思い出」

煌めきの朝は、まだ教育委員会があんな変な決まりを作る前の、最後のコンクールの課題曲だ。

…私がペト丸と吹いた、最後のマーチ。

「…さすが、音ちゃんだね。」

そういって芽理先輩は、仕方なさそうに笑った。

「煌めきの朝は、私たち、牡丹高校吹奏楽部の、一番思い入れのある課題曲なの。…顧問の先生が、ちょうど交代の時期で、大好きな先生と吹奏楽をするのが最後だったから。」

「最後の課題曲ってだけじゃ、なかったんですか。」

「うん。でも、私はそれもあるかなぁ…。最後のマーチと知っていれば、もっと大切に吹いた。最後のリズム隊を、もっと楽しめばよかった…。」

芽理先輩はバスクラリネットだ。トランペットのようなメロディー楽器と違い、芽理先輩は”リズム隊”と呼ばれる、バンドのマーチのリズムをつかさどる役割だ。パーカッションやほかの低音楽器と一緒に、ずーっとおんなじリズムを吹いていて、中学校時代、「同じように息で吹いてるはずなのに、あんな一定ですごー」と感心したのを覚えている。

「…芽理先輩は、」

「ねぇ芽理ちゃーん、そろそろ”演奏”の説明に入りたいんだけど…」

もうひとりの副部長、理奈先輩が入ってきた。

…芽理先輩は、自由に吹奏楽をしていたあの時に、戻りたいですか?

そんな質問は、理奈先輩の声と一緒にはじけていった。

「あ、ごめん理奈!じゃあ、この場所の説明はこれで終わりね。あっちの理奈が立ってる木のほうに行ってくれるかな。」

「わかりました。芽理先輩、ありがとうございました。」

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