第19話 私と記憶

なぜ、そんなことをする必要があるのかと訊ねてみると、

意外な答えを口にされ、驚かされてしまいました。

いや、正確には、私自身の心の中にあった違和感の正体に気づいたという方が正しいでしょう。

(そういえば、私の容姿って、普通じゃなかったんだ)

ふと思い出したのは、前世の記憶です。

かつて、私は、地球という世界で、女子高生をやっていた記憶があったような気がしました。

それも、ごく普通の家庭で育った、ごく平凡な女の子、そんな彼女の名前は、確か、田中恵理華だったはずです。

正直、あまり自信はありません。

というのも、当時のことはあまりよく覚えていないというか、

曖昧な部分が多く、はっきりしていないことが多いから。

でも、一つだけ覚えていることがあるとすれば、

自分は、この世界とは別の次元にある存在であったということだけ、

だからこそ、この場所に召喚されてきたのだと考えると、納得できなくもない気がします。

まぁ、だからと言って、別に気にする必要はないと思うんですけど、

それでも、どうしても気になってしまうんですよね、

何せ、自分の本来の名前を知る手がかりになるかもしれないわけですから、

しかも、よりにもよって、最悪とも言える相手に対して、

教えても良いのかどうか、それが最大の問題になりそうです。

でも、迷っている間にも時間は刻一刻と過ぎていくわけで、

いい加減覚悟を決めないといけないと思って、口を開いた瞬間、とんでもない事態に陥りました。

なんと、突然、目の前の男に、唇を奪われてしまったのです。

あまりにも唐突すぎて、抵抗する間すらありませんでした。

というよりも、何が起きているのか理解できず、パニックに陥っていたのだと思います。

おかげで、まともに思考することができない状態になってしまっていました。

そのせいで、咄嵯の対応ができなくなってしまった。

その結果、相手の思うままに弄ばれている始末、まったくもって情けない限りなのですが、

だからといって、諦めるつもりはありません。

なんとしても、この状況を脱しなければ、本当に取り返しのつかないことになってしまいかねません。

だから、そうなる前に、どうにかしなければならないと考えた末に出した結論、

それは、相手を油断させるという作戦です。

正直に言ってしまえば、ただの思いつきにしかすぎないのですが、

試してみる価値はあると思った上での行動だったりします。

それにしても、我ながら大胆な選択を選んだものだと、

呆れ果ててしまうのも事実ではあるのですが、仕方がないと言えば、

それまでのことですから、甘んじて受け入れるしかなさそうです。

そんなことを考えながら、相手が飽きるまで待つつもりで、

ひたすら耐え続けていたのですが、いくら待っても一向に解放される気配はありません。

それどころか、だんだんと激しさを増していく一方でした。

それに伴い、息苦しさも増していく一方だったので、さすがに限界に達してしまい、

渾身の力を込めて突き飛ばしたことで、ようやく解放されました。

肩で息をしながら、呼吸を整えつつ、必死に酸素を取り込もうとするも、

なかなか思うようにいかなくて、何度も咳き込みながら、

必死で酸素を取り入れようとした結果、徐々にではあるが、落ち着いてくるようになっていきました。

それでも、体の震えだけは止まらなかったし、呼吸もしづらくなっていたせいもあって、

余計に苦しくなりましたけど、それでも、なんとか我慢できるようになっただけでも、

ありがたいことだと思えるほどの余裕はなかったみたいです。

結局、その後もしばらく、その場に蹲ったまま、動けなくなってしまいました。

その間、あの男はずっと無言のままで、何も言いませんでした。

おそらく、何を考えているのかわからないといった感じでしょう。

とにかく、何とか息を整えてから、ゆっくりと立ち上がって、彼の方を向きました。

「ごめんなさい、驚かせちゃって」

謝りながら、頭を下げたつもりだけど、たぶん、上手くできたとは言えないだろう。

それどころではなく、頭が回らなかったからだ。

そんな私を余所に、目の前にいる男性は、表情を変えずに、

相変わらず無言でこちらを見続けているだけで、何を思っているのかはわからないままだった。

仕方なく、もう一度声をかけてみることにしたんだけど、

やっぱり駄目みたいで、全く応答がない状態だった。

このままだと埒が明かないと思った私は、勇気を出して、一歩踏み出すことにしたんです。

そうすることで、少しでも状況を変えられればと期待を込めての行動だったのですが、

残念なことに、特に変化らしいものは見られなかったばかりか、

逆に悪化してしまった気がするんです。

どうしてかというと、理由は簡単で、私と目が合った瞬間に、

あからさまに不機嫌そうな表情を浮かべた上に、舌打ちをする始末、

流石にムカっとしたので、文句の一つでも言ってやろうと思ったら、

逆に怒鳴りつけられてしまって、結局、黙って下を向いてしまいました。

「いいか、小娘、一度しか言わないから、良く聞いておけ」

それから、散々罵詈雑言を浴びせたあとで、急に真面目な口調になり、 さらに続ける。

「……お前は、この俺と結婚することになるわけだ、理解できたな?」

……ええ、言われなくても、わかります。

なにせ、今の言葉を聞く限り、それ以外考えられないですから、

それくらい察しの悪い方ではありませんし、だからこそ、

敢えて否定せず、肯定する形で返事をしてみせた。

それなのに、相変わらず不満げな態度を崩さず、

寧ろ、更に強く責めるような口調で迫られた時には、

反射的に逃げ出しそうになる程、怖かったです。

本気で殺されるんじゃないかと錯覚させられましたから、

あれは冗談抜きでやばいと思いました。

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