第13話 憂鬱
「そ、それは本当なのですか?」
恐る恐る尋ねると、彼は大きく頷いてみせた。
どうやら、間違いないらしい、つまり、今この瞬間、目の前に、
あのグレオスハルト様が来ているということになる、そう考えると、
居ても立っても居られなくなってしまい、急いで応接間に向かうことにした。
幸い、急ぎの仕事はなかった為、問題なく向かうことができた。
部屋に入ると、そこには、優雅にお茶を飲んでいる男性の姿があった。
年齢は二十代後半といったところだろうか、整った顔立ちをしており、
とても紳士的な印象を受けた。
そんな彼の前に跪くと、挨拶をした。
そうすると、向こうも立ち上がり、同じように礼を返してくれた。
「グレオスハルト様、お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだね、元気にしていたかい?」
柔らかい笑みを浮かべる彼に、見惚れそうになる自分を叱咤して、平静を保つように努める。
しかし、心臓の音だけは抑えきれず、ドキドキしているのがバレていないかと不安になるほどだった。
「はい、お陰様で、毎日楽しく過ごさせていただいておりますわ」
緊張しながらも、何とか言葉を絞り出したものの、
上手く話せたかどうかは自信がなかった。
だが、幸いにも、特に変わった様子はなく、ホッとした。
その後も会話を続ける中で、少しずつ慣れてきたのか、
次第に自然な受け答えが出来るようになっていた。
ふと、気になったことがあったので尋ねてみることにする。
そうすると、意外にもあっさりと教えてくれた。
なんでも、今日は、個人的な用事があって来たらしく、仕事の話は一切無いそうだ。
それを聞いて、内心がっかりしたものの、表情に出さないようにして、
適当に相槌を打っておくことにした。
それから、しばらく雑談を続けた後、そろそろ帰ろうかと思った時だった、
不意に呼び止められたのだ。
振り向くと、真剣な表情をした彼がこちらを見つめていた。
何だろうと思い、首を傾げると、意を決したように口を開くのが見えた。
一体何を言うつもりなのか、期待半分、不安半分といった心境であったが、
次の瞬間、耳を疑った。
なんと、彼は、とんでもない発言をしたのだ。
「君が好きだ、結婚を前提に付き合ってほしい」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
いや、理解することを脳が拒否していたのだ。
それほどまでに衝撃的だったので、
まさか、そんなことを言われるとは思わなかった。
「あ、あの、それって、どういう意味でしょうか?」
混乱しつつも、何とか言葉を紡ぎ出すことに成功したものの、
声が震えてしまっているのがわかる、それだけ動揺しているのだ。
そうすると、彼は、笑みを浮かべながら答えてくれた。
その内容を聞いて、ますます頭が混乱してしまった。
何故、そのような結論に至ったのか、全く理解できない。
そもそも、いつから好きだったというのか、
疑問が次々と浮かんでくるばかりだ。
とはいえ、ここで黙り込んでいては、相手に失礼だと思い直し、
勇気を出して、尋ねてみることにしてみた。
その結果、判明した事実は以下の通りだ。
まず、最初に会った時から気になっていたこと。
次に、何度か会ううちに、どんどん好意を抱くようになっていったこと。
そして、先日、街で偶然見かけた時に、運命を感じたということ、
などなど、色々話してくれた。
それらを聞いている内に、だんだんと顔が熱くなっていくのを感じた。
まさか、そんな風に思われていたなんて思ってもいなかった。
というか、想像すらできなかった、というのが正直なところだ。
それにしても、ここまで真っ直ぐに想いをぶつけられると、
流石に照れてしまうものがある。
「それで返事はどうかな?
もし良ければ聞かせて欲しいんだけど……」
不安そうな表情を浮かべながら聞いてくる彼を前に、
私は覚悟を決めると、静かに口を開いた。
「分かりました、これからよろしくお願いします」
と言って微笑んだ途端、彼の顔がパアッと明るくなったように
見えたのは気のせいではないだろうと思うのだった。
それからというもの、私たちは頻繁に連絡を取り合うようになったりするようになったのだが、
それが原因で大変な目に遭う羽目になることになろうとは夢にも思わなかったのである……。
(はぁ〜、憂鬱だわ……)
頬杖をつきつつため息をつく私に視線を向けてくる人物がいた。
その人物こそ私の婚約者でありこの国の第一王子でもある人物なのだが……正直言って、
この人とはなるべく関わりたくないと思っているくらい苦手な相手なのである。
何故なら、彼は極度の女好きで、気に入った女性を見つけたらすぐに口説こうとするような人だからだ。
そのせいで何人もの女性が泣かされてきたことか……思い出すだけでも
頭痛がしてくるほどであるから始末におえないものだ。
そんなことを考えている間にも彼は近づいてきており、
ついには私のすぐ隣にまでやってきていたようだ。
そして、馴れ馴れしく肩に手を回してきたかと思うと耳元で囁いてきたのだった。
それに対して不快感を覚えつつも我慢していると、
今度は腰に手を回してこようとしたため慌てて距離を取ることになったのだが、
それでも諦めることなくしつこく迫ってきたせいで最終的には
押し切られる形で了承することになってしまったのである。
そうして半ば強引に付き合うことになったわけだが、やはりと言うべきか、
関係は一向に進展しなかったわけで、それどころかむしろ後退しているのではないかと感じるほどで、
最近では顔を合わせることすら億劫になりつつあったくらいだ。
そんなある日のこと、事件は起こったのである!
その日、私は久しぶりに休みが取れたので街を散策していたところ、
偶然にもグレオスハルト様を見つけてしまったのだ。
相手はこちらに気づいていない様子だったので、声をかけるかどうか悩んだ末に結局やめることにした。
というのも、せっかくの休日に彼の相手をするのは嫌だったからだ。
それに、仮に声をかけたとしてもろくな返事が返ってこないことは分かりきっていたからである。
そこで別の店でも見て回ることにしようと思った矢先のことだった、
突然背後から声をかけられたと思ったら、そこには見知らぬ男性が立っており、話しかけてきたのだ。
「ねぇ、君可愛いね、ちょっといいかな?」
突然のことで困惑していると、男は私の手を掴んで引っ張っていこうとしたが、
それを振り払うとその場から走り去った。
(なんなのよ、一体!?)
心の中で悪態をつきながら走り続けていると、前方に見覚えのある後ろ姿が見えた気がした。
おそらく、グレオスハルト様の従者だろうと思われるその人物を追いかけるようにして距離を詰めていくと、
案の定そうだったようで後ろから声をかけると驚いたように振り返った彼と目が合った瞬間、安堵感を覚えたのだった。
ようやく追いついたところで息を整えていると、心配そうに声をかけてきたので
大丈夫だと伝えた上でお礼を述べることにした。
そうすると彼は照れ臭そうに笑いながら気にするなと答えた後、改めて自己紹介を始めたのだった。
「初めまして、俺はグレオスハルト様に仕えているアルバスという者です!
以後お見知りおきください!」
元気よく挨拶する彼につられて笑みを浮かべつつこちらも名乗ることにした。
そうすると、今度はこちらの名前を聞いた途端に目を輝かせ始めるではないか、
一体何事だろうかと思って首を傾げていると彼は嬉しそうに語り始めたのである。
その内容というのは意外なもので思わず驚いてしまったほどだ、
何でも以前から私のことを知っていたらしくずっと会いたいと思っていたらしいのである。
だがしかし、これまで機会に恵まれなかった為に今日まで来てしまったとのことだったが、
今日こうして出会えたことを心から喜んでいる様子が伝わってきたことから悪い気はしなかったし、
素直に嬉しかったこともあり笑顔で応じることができたのだった。
(ふふ、何だか楽しい一日になりそうだわ)
そんな予感を抱きながら彼と行動を共にすることになった私は早速目的地へと向かうことにするのだった。
その後、しばらくの間二人で歩いているとやがて街の中央広場へと辿り着いたので
休憩することにした私達は噴水近くのベンチに腰掛けて話をすることにしたのだった。
最初は当たり障りのない話題を振っていたのだが次第に話は弾んでいき、
気づけばお互いの身の上話や趣味について語っていたりするうちにすっかり意気投合していたように思う。
それからというもの、時間を忘れて話し込んでいた結果いつの間にか、
夜になってしまっていたため慌てた様子で立ち上がる彼に続き、
私も立ち上がると別れの言葉を告げた後、その場を後にしたのであった。
翌日、仕事中のことである、ふと昨日のことを思い出してしまい、
一人赤面してしまったものの、気持ちを切り替えようと必死になったおかげで
何とか平静を取り戻すことに成功すると、そのまま何事もなく業務をこなしていった。
それからしばらくして休憩時間に入った頃を見計らって同僚達に尋ねてみることにしてみたのだ。
昨日会った男性について何か知らないかということを……すると、
予想外の答えが返ってきたことに驚かされたのだった。
なんと、彼がグレオスハルト殿下の側近の一人だということが判明したのだから
驚くのも無理はないことだろうと思う。
しかもそれだけではなく、他にも四人いるうちの一人でもあるらしく、
その中でも特に重要な役割を担っている人物であるということも教えてもらったのだが、
詳しいことはわからないということだった為、それ以上の追求は諦めることにした。
ただ、一つだけ気になることがあったため、その点については確認しておくことにした。
それは、どうしてその人が私のことを知っていたのかという点だった。
それについて尋ねると、彼女達は少し困ったような表情を浮かべつつ答えてくれた。
どうやら、私がこの街に来て間もない頃にグレオスハルト殿下と一緒にいるところを目撃したことがあるらしく、
その時から気になっていたのだということがわかったのである。
なるほど、そういうことだったのかと思いながら納得していると、
ふとある考えが頭をよぎったために尋ねてみることにした。
それは、なぜ今まで黙っていたのかということだ。
普通に考えておかしな話だと思う、別に隠すようなことでもないと思うのだが、
なぜか彼女達の反応を見る限りではそれが当然といった様子だったので不思議に思ったというわけである。
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