第11話 私とグレオスハルト様

グレオスハルトによって、強引に城から連れ出された私は、

城下町へ向かう馬車に揺られながら、隣に座る彼を見上げた。

整った顔立ちをしており、長いまつ毛に覆われた碧眼の瞳が、

真っ直ぐにこちらを見据えているのが見えた。

目が合った瞬間、心臓が大きく跳ね上がるのを感じた。

それと同時に、胸の鼓動が激しくなり、顔全体が熱くなっていく感覚に襲われる。

このままではいけないと思った私は、慌てて視線を逸らすと、

窓の外を見るふりをしながら、どうにか気持ちを落ち着かせようと深呼吸を繰り返すのであった。

幸い、この時、車内には多くの使用人たちが乗っており、

それぞれ仕事に追われていたので、誰も私たちのことなど気にしていなかった為、

恥を晒さずに済んだようだ。

そのことに安堵した私は、そっと胸を撫で下ろす。

そんな中、向かい側に座る執事のアルバルトだけは、

ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていて、それが凄く不快だったので無視することにした。

まぁ、いつものことであるし、慣れているといえば、それまでではあるのです。

それでも、ムカつくものはムカつくわけで、つい悪態を吐きたくなってしまったのである。

しかし、ここで騒いだところで意味は無いだろうし、

どうせまたいつものように笑われるだけだと思ってぐっと堪えることにした。

その後、暫くのあいだ沈黙が続いたが、その静寂を破ったのは、

やはり、と言うべきか、あの人からの一言だった。

その言葉を聞いた瞬間、私の心臓は再び飛び跳ねることとなったのだが、

それを悟られないよう必死に取り繕いながら返事をした。

しかし、内心ドキドキしていて仕方がなかった為、上手く言葉が出てこず、

ぎこちない話し方になってしまったような気がするんだけど、気付かれていないだろうか、

なんて考えているうちに、話題は次の段階へと移っていったようで、

気づけば、いつもの世間話をし終えたらしく、

いつの間にか別の話題へと移り変わっていたみたいだった。

その後も暫くの間は会話が続いていたものの、途中で眠気に襲われ始め、

次第に意識が遠のいていく中で、辛うじて聞こえてきた最後の言葉は、

まるで独り言のようにポツリと呟いた、ある人物の名前だった、ような気がした。

その言葉にどんな意味があるのかわからないけど、

それ以上考えるよりも早く、私の意識は闇の中へと落ちていったのであった。

次に目が覚めた時は、既に朝になっていたみたいで、

窓から差し込む光が眩しかったことからも、それなりの時間が経っているということが窺えたので、

どうやら、かなり長い時間眠っていたようだ、とはいえ、熟睡できたため、疲れは完全に取れた気がした。

まぁ、それほどハードな生活を送っていた自覚はないが、睡眠不足になるのは明白なので、

適度な休息を取るという意味で、ゆっくり休むというのも悪くはないだろう、

そう思うことで、納得することにした。

というわけで、今日から新たな一日の始まりを迎えるわけだが、

昨日、あれだけの出来事があったにも関わらず、

いつも通りの生活を始めなければいけないと思うと、気が滅入ってしまう。

だが、だからといって、いつまでもグズグズしているわけにはいかない、

何とか気持ちを切り替えることに成功し、ベッドから起き上がることにする。

部屋にある洗面台の前に移動し、鏡に映った自分の顔を見ると、

改めて、昨日のことを思い出してしまった。

まさか、あんなことが起こるなんて、予想もしていなかっただけに、衝撃はかなり大きかったと思う。

だからこそ、余計に忘れられないのかもしれない、と思いながら、

冷たい水で顔を洗い、眠気を完全に吹き飛ばすことにした。

スッキリしたところで、改めて自分の姿を確認することにする。

普段であれば、着替えをして、身支度を整えるのだが、

流石に今日は無理そうだった、何故なら、昨晩の出来事のせいで、服が破れてしまっていたからである。

もちろん、私自身には怪我一つ無いわけなのだが、衣服だけがボロボロになってしまうなんて、

どういうことなんだろう、とは思うものの、考えても仕方のないことだと判断し、深く考えることはしなかった。

それよりも、早く、新しい服を用意しなければ、 と思った時だった、

部屋の外からノック音が聞こえた直後、メイドが入ってきた。

その手に持っている物は、白いワンピースのようなものであった。

それを見ただけで、大体、何をしようとしているのか、想像がついた。

きっと、私の代わりに朝食の準備をしてくれているに違いない。

そう思ったので、お礼を言いつつ受け取ることにする。

受け取った後は、早速着替えることにしたので、

案の定、サイズはピッタリで、着心地も申し分なく、素晴らしいものだと思った。

これなら、一日中着てても快適に過ごせそうだ、と思えるほどの出来栄えの良さだったのだ。

そんなことを考えているうちに、気がつけば、いつの間にか完食してしまい、

お腹が膨れる結果となったけど、満足感に浸りながら、食堂を後にするのです。

その際に、すれ違う使用人達に挨拶をしていったところ、皆、笑顔で応えてくれたのです。

それが嬉しくて、思わず笑顔になったので、

その後は、何不自由ない日々を過ごしていたのですけど、

そう、あの日までは、そう思っていたんだ。

だけど、実際には、とんでもない出来事に巻き込まれていたのでした。

その日は、朝からどんよりとした曇り空模様で、今にも雨が降り出しそうな天気でした。

そんな中、いつものように庭に出て、花の世話をしていた時の事、

突然、地面が大きく揺れ動いたかと思うと、視界が暗転してしまったのです。

何が起こったのか、全く理解できず、混乱しているうちに、

意識を失ってしまい、次に目を覚ました時には、見知らぬ場所で寝ていたのです。

そこは、どこかの家の中のようで、近くに人の気配は無かった為、

とりあえず、外に出ることにしました。

そこで目にしたのは、見渡す限り続く、広大な大地でした。

地平線の彼方まで続いており、終わりが見えません。

あまりのスケールの大きさに圧倒されながらも、

同時に、どこか懐かしい感じを覚えたんです。

一体、ここはどこなんだろう?

そう思いながら、歩き出そうとした時、不意に声をかけられたのです。

驚いて振り返ると、そこに立っていたのは、グレオスハルト様でした。

「やっと起きたか、もう昼だぞ?」

そう言って、呆れ顔でこちらを見ていました。

どうやら、ずっと待っていてくれたようです。

申し訳ない気持ちになりながら、謝罪の言葉を口にすると、気にするなと言ってくれました。

それにしても、どうして、ここにいるのでしょうか?

そのことを尋ねると、グレオスハルト様は、笑いながら答えました。

なんでも、転移魔法を応用して、ここまで一気に飛んできたらしいです。

それを聞いて、驚きのあまり、開いた口が塞がらなくなりました。

だって、そんなの、ありえないじゃないですか、

いくら何でも、そんなことが可能なはずがありません、

でも、現にこうして、目の前にいるわけですし、

ということは、本当なんでしょうか?

だとしたら、凄いとしか言いようがありませんよね、

やっぱり、天才って、こういう人のことを言うんでしょうね、

などと感心していると、グレオスハルト様が、話しかけてきました。

内容は、これからどうするかについて、話し合うというものでした。

それに対して、私は、特に行きたい場所があるわけでもないので、

お任せしますと答えたのですが、返ってきた答えは意外なものでした。

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