第10話 彼との旅
それどころか、段々と近づいてくる顔に心臓の音が激しくなっていくばかりでした。
このままだとまずいことになりそうだと判断した私は、咄嗟に両手で押し返すようにして距離を取りました。
そうすると、意外にもあっさりと離れてくれたのでホッと一安心していたのですが、それも束の間の出来事でした。
今度は首筋に吸い付かれてしまったのです。
チクリとした痛みを感じた瞬間、全身に電流が流れたかのような衝撃を受け、体がビクビクっと震え上がりました。
あまりの快感に頭が真っ白になってしまい、何も考えることができなくなってしまいます。
ただただされるがままになっていることしかできませんでした。
しばらくすると満足したのか、やっと解放してくれたのですが、
その時には既に抵抗する気力すら残っていませんでした。
ぐったりとしたまま横たわっていると、優しく頭を撫でられました。
その手つきはとても心地よく、ずっとこのままでいたいと思ってしまうほどでした。
そんなことを考えてボーッとしていたら、いきなり抱き上げられてしまいました。
何事かと思って驚いている間にベッドへと運ばれていき、押し倒されるような形になってしまいました。
これは一体どういう状況なんでしょうか?
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
慌てて止めようとしたのですが、聞く耳を持ってくれないようでした。
「キスでもしようか」
そう言うと、顔を近づけてくるではありませんか。
このままではまずいと思って抵抗しようとしたのですが、無駄でした。
結局、されるがままになってしまったのです。
最初は軽く触れるだけのキスでしたが、次第にエスカレートしていき、最終的には舌を入れてくる始末でした。
そのせいで頭の中が真っ白になってしまいました。
「さてとリアンシューベレナ、このまま戯れもいいが、
君の狩りとしての力をみたい。だから狩りへ行こう。
そうそう、君の複数のスキルと他も見せて欲しい」
そう言われて、私は少し躊躇った。
今、目の前で起きている出来事は、私がよく見る夢と同じ、夢にしては生々しい感覚が全身を襲う。
ただ、あの夢と違う点が一つ、それは、目の前の男性、グレオスハルト様だ。
現実味を帯びていて、夢よりもはっきりとしている。
夢の内容が曖昧すぎて、いまいち思い出せないのだが、
グレオスハルト様に見つめられ、思考が止まり、何をすべきか忘れてしまう。
私は、言われるがまま、近くの森に入り、魔物討伐に向かった。
その間、グレオスハルト様は終始無言だった。
ただ、時折、視線だけを感じるのだ。
まるで、私の実力を測るような、鋭い目付きをしていた。
私は、その視線に緊張しつつ、目的の場所に辿り着いた。
ここは、比較的低ランクの魔物が出現する場所だ。
その中でも、最も弱いとされている、ホーンラビットと呼ばれる、
角を生やした兎型の魔物を相手にするのだ。
ちなみに、そのホーンラビットは、非常に臆病な性格をしているため、
こちらから攻撃しない限り、襲ってくることはないと言われている。
その為、安心して倒すことができるはずだ。
実際に、今も、草むらに隠れてこちらの様子を伺っているようだ。
私は、ゆっくりと近づき、剣を振り下ろす。
すると、簡単に真っ二つになった。
思ったよりも呆気なかったなと思いつつ、念のため、もう一度斬りつける。
今度は、動かなくなったことを確認した上で、剣を収めた。
これで終わりかと思ったその時、背後から気配を感じ、振り返る。
そこには、先ほど倒したはずのホーンラビットの姿があった。
どうやら、まだ生きていたらしい。
その証拠に、目は鋭く、こちらを狙っているようだった。
咄嵯に身を翻して避けようとしたが、間に合わない。
勢いよく突進してきたホーンラビットの角が、脇腹を掠める。
痛みに耐えながらも、なんとか体勢を立て直すことに成功する。
しかし、油断はできない。
今の一撃で、かなりのダメージを受けてしまったようだ。
このままでは、間違いなく殺されるだろう。
そんな予感があった。
それならば、生き残るために全力を出すしかない!
そう思った私は、全力で走り出した。
背後から、猛スピードで追いかけてくる気配を感じながらも、絶対に捕まらないように注意を払う。
しばらく走ったところで、撒くことに成功したようだ。
ほっと胸を撫で下ろすと同時に、体中を駆け巡っていた緊張感が消え去るのを感じた。
しかし、次の瞬間、私は絶望することとなる。
何と、先ほどまで追いかけてきていた筈のホーンラビットが、すぐ後ろにいたのだ。
しかも、今回は、一匹だけではない。
数匹の群れとなって、私を追い詰めようとしているようだ。
このままでは、確実に殺されるだろう。
もはや、打つ手なしと思われたその時、ふと脳裏にある考えが閃いた。
そうだ、私には、まだ戦う力があるじゃないか!
そう思い立った私は、すぐに行動を起こした。
まずは、周囲に誰もいないことを確認し、目を閉じる。
そして、意識を集中し始めた。
やがて、身体中から光が溢れ出し、周囲を眩いばかりの光が包み込んだ。
光が収まる頃、私は、自分の姿を見下ろしていた。
その姿は、今までのものとは大きく異なっていることに気づく。
髪の色は銀色に変わり、瞳の色も青緑色に変化していた。
肌の色も同様に変化しており、全体的に白くなっている。
服装に関しては、今までのものとは異なり、
黒いローブを着用しており、胸元には金色のブローチを身に着けていた。
そして、手には、禍々しい雰囲気を放つ杖を手にしている。
この姿は、自分ではない誰かに操られているような感覚を覚える程、別人のようだった。
けれど、不思議と嫌悪感はなかった。
むしろ、どこか懐かしいような、不思議な気持ちになるくらいだ。
何故、こんなにも落ち着いていられるのだろうか?
自分の感情の変化に戸惑いながらも、改めて周りを見渡す。
先程まで、私を追いかけてきていたホーンラビット達は、既に姿を消していた。
おそらく、危険を察知して逃げたのだろう。
ひとまず危機を脱したことで、ほっと胸を撫で下ろした時、ふいに声が聞こえてきた。
それは、男性の声のようで、直接、脳内に語りかけるように聞こえてくる。
その声は、聞き覚えのあるものであった。
もしかして、グレオスハルト様の声なのかと思い、辺りを見回すが、どこにも姿は見えない。
不思議に思っていると、再び声が聞こえてきた。
その声に従うかのように、自然と足が動き出す。
まるで、何かに導かれているかのように、どんどん奥へと進んでいく。
そして、行き着いた先には大きな扉があった。
鍵穴はなく、ドアノブを回すと、簡単に開くことができた。
中に入ると、そこには、見たこともない景色が広がっていた。
緑豊かな草原が広がり、小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。
心地よい風が吹き抜け、心地よい太陽の光を浴びることができた。
まるで、天国にいるかのような気分だ。
ここがどこなのか、全くわからないけれど、そんなことはどうでもいいと思った。
それよりも、今は、思いっきり羽を伸ばしたい気分だったからだ。
私は、そのまま、その場に寝転ぶことにした。
目を閉じ、深呼吸をしてみる。とても清々しい気分だ。
体全体が浄化されていくような感覚に陥るほど、綺麗な空気に満ち溢れているのがわかる。
そのまま、時間を忘れて、眠りにつくことにした。
数時間後、目を覚ますと、日はすっかり落ちていた。
月明かりに照らされた草原は、昼間とはまた違った美しさを見せていた。
そんな幻想的な光景を見ながら、再び眠りに落ちていった。
次の日、目を覚ましても、昨日の余韻がまだ残っていた。
まるで、夢の中にいたみたいだ。
本当に、あんな経験をしたのだろうか?
疑問を抱きながら、立ち上がると、 目の前にあったのは、大きな屋敷だった。
一瞬、夢の続きなのかと思ったが、すぐに違うことに気づいた。
なぜなら、目の前に広がる光景に見覚えがあったからだ。
そこは、紛れもなく、私が生まれ育った場所だったからだ。
何故、こんなところにいるのだろうか? と思っていると、見覚えのある人物が、こちらに向かって歩いてきた。
その人物は、以前、夢の中で出会った男だった。
名前は、確か、グレオスハルトと言った筈だ。
彼は、嬉しそうに微笑んだあと、こう言った。
”やぁ、久しぶりだね。僕のことを覚えているかい?” 忘れるわけがない。
この人は、私にとって大切な存在なのだから。
そう思うと、自然に笑みが溢れてきた。
そして、同時に、懐かしさも感じていた。
だけど、それと同時に、何か違和感を感じるのだ。
その正体はすぐにわかった。
この人、どこか変だと感じたからだ。
どこが、どうとは言えないのだけれど、何となく、不自然な感じがしたのだ。
それは、見た目の問題ではなく、内面的なものだと思う。
例えば、口調とか、仕草とか、そういった部分のことだ。
特に、目の奥に潜む光のようなものが、妙に怪しげに感じられた。
もしかしたら、危険な人なのかもしれないという不安もあったけど、
何故か、この人から離れちゃいけないような気がした。
どうしてだろう?
その理由はよくわからなかったけど、とにかく、一緒に行動することにした。
それから、数日の間、私たちは、いろんなところを旅することになった。
その中で、いろいろなことを知った。
まず、この世界は、私たちが暮らす世界とは異なる次元に存在するということ。
そして、この世界には、人間以外にも、多種多様な種族が存在しているということだ。
その中には、エルフやドワーフといった、私たちの世界には存在しない者たちも含まれているらしい。
それだけじゃない。
この世界には、魔王という存在も存在するというのだ。
その魔王を倒す為に、勇者召喚の儀式が行われ、私は、呼び出されたのだということが判明した。
正直、実感は全くない。
というか、未だに信じることができないでいる。
そもそも、何故、私が選ばれたのかも謎だし、
勇者の力というものが、一体何なのかもわからないままだ。
ただ一つ言えることは、今の私は、グレオスハルト様と、一緒に旅をしているということだ。
それだけで、十分すぎるくらい幸せなんだから、これ以上のことは望んでいない。
そんなことを考えながら、今日も、グレオスハルト様と夜を過ごすのだった。
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