第8話 出世して勇者になったら百倍返しにしてやるから待ってろよ

「知らない天井だ……」


 目を覚ました俺は昔から一度は言ってみたかった汎用人型決戦兵器が登場する某新世紀なアニメのセリフを口ずさみながら起き上がる。

 ひとまず部屋の中を見渡す俺だったが全く見覚えがなかった。眠る前の記憶がかなり曖昧なためすぐに思い出せそうにない。


「確か太古の遺跡にレインさんを探しに行って……そうだジェノサイドマシンアンセスターに遭遇したんだった!?」


 レインを逃す事には成功したものの完全に追い詰められて殺される寸前だった俺は一か八かで雨雲に魔力を流し込んだ。そしてジェノサイドマシンアンセスターに雷を落雷させた。

 一応格好を付けて初級電撃呪文のトゥルスとは叫んだがあれは紛い物でしかない。なぜなら本来のトゥルスは雷雲を呼び寄せそこから雷を落とすまでがワンセットの呪文だからだ。

 あの時俺がやった事は元からあった雷雲を魔力で刺激して強引に落雷させただけに過ぎない。そんな事を思っていると部屋の扉が開いて赤髪の女性が勢いよく入ってきた。


「おお、良かった目覚めたか」


「レインさんも無事だったんですね」


「私はこの通りだ、少年と君の連れていたベビーメタルドラゴンのおかげだ」


 レインは特に怪我もなさそうな様子だ。万が一これでレインが死んでいたら俺の行動は無駄だったため本当に良かった。


「……あれ、そう言えば体が全然痛くない」


 普通にベッドから起き上がっている俺だがあの怪我なら激痛でまともに動けないはずだ。折れていたはずの左腕も普通に動かせるし。


「少年の怪我は奇跡のアクア使って治療させて貰った」


「えっ、あれを使ったんですか!?」


「ああ、命の恩人なんだからそのくらいして当然だろう」


 奇跡のアクアは使用すれば対象一人のHPを一瞬で完全回復させるゲーム内では最上級の回復アイテムだ。中盤から買えるようになる奇跡のアクアは消費アイテムとは思えないほど値段が高い。

 だが仲間の蘇生手段が存在せず主人公が死ねばゲームオーバーになるモンクエでは上級回復魔法を覚えるまでは必需品だった。この世界でもかなり高価であり庶民ではまず買う事が難しい代物だ。


「心配しなくても私の一族はこの街で一番の金持ちだ、命が助かった事を考えると奇跡のアクアの一つや二つくらい安いもんさ」


「えっ、そうなんですか?」


「何だ知らなかったのか? 私はこう見えてもアムカラ町長の孫娘だからな」


 なるほど、実は権力者の親族だったらしい。あれっ、ちょっと待て。アムカラ町長の孫娘って確かゲームでは死んでなかったか?

 街にいるNPCとの会話で町長の孫娘は数年前に死んだと聞いていた気がする。ちなみにゲームでは最愛の孫娘を失ったショックで町長がやる気を無くしアムカラ全体が昔より貧しくなったという設定があった。

 どうやら俺は本来死亡するはずだった村長の孫娘、レインを助けてしまったらしい。ゲームのストーリーという神に定められた運命を変えられる事が分かって嬉しい反面、今後の展開がどうなるか分からない恐怖もある。

 まあ、俺が偽勇者を辞めようとしている時点でストーリーはかなり変わってしまうだろうが。レインが生き残ってもそんなに影響があるとは思えないしこれ以上深く考えるのは辞めよう。


「ところで今は何時ですか? 帰りが遅いと村の皆んなから心配されそうなんですけど」


「実は少年が意識を失ってからちょうど丸一日が経ってる」


「えっ、早く帰らないと村祭りが始まるじゃん!?」


 慌ててベッドから起き上がった俺が部屋を飛び出そうとしているとレインから止められるる。


「こらこら、まだ女神のティアラも受け取ってないのにどこへ行こうとしてるんだ」


「あっ……てか、女神のティアラはどうなったんですか?」


「そんなに興奮しなくてもちゃんと完成してるから落ち着け」


 そう言ってレインは腰に付けていた袋から銀色のティアラを取り出した。女神のティアラを見るのは初めてだがかなり綺麗だ。


「ありがとうございます、いくらですか?」


「いや、助けてくれたお礼で代金は結構だ」


「えっ、それは流石に悪いですよ……」


「良いから持っていけ」


 そう言ってレインは腰の袋に入れ押し付けるようにして俺に渡してくる。受け取るまで諦めてくれそうになかったため俺が先に折れるしかなかった。


「そうそう、ついでに壊れた盾の代わりで新しい物を用意してあるから」


「……何から何まで本当にありがとうございます」


「こちらこそ、何かあったら少年の力になってあげるからいつでも遊びに来てくれ」


 レインに見送られてアムカラを後にした俺は外で待っていたメタンと合流してルーラル村を目指し始める。


「今更だけどこの袋いくら何でも軽過ぎやしないか……?」


 遭遇するモンスターを倒しながら歩き続けてアムカラとルーラル村の中間地点まで戻ってきた俺はそんな事が気になり始めた。

 袋の中に女神のティアラが入っているとは思えないくらい軽かったのだ。確かにレインはこの中に入れていたはずだけど。そう思いながら中に手を突っ込む俺だったがすぐにこの袋が普通では無い事に気付く。


「えっ、この袋ってもしかして!?」


 とある可能性が脳裏をよぎった俺はレインから貰った盾を袋に近付ける。サイズ的には絶対に入らないはずの盾は袋の口に接触した瞬間消えた。そして袋の中に手を突っ込むと先程消えた盾がどこからともなく出現する。


「これってやっぱり魔法の袋じゃん」


 普通の袋だと思っていた物はゲームの中で個人的に一番のチート級アイテムだと思っていた魔法の袋だった。袋の中にはよほど大きい物でなければ基本的に何でも入るためこれさえあれば荷物を持つ必要が無くなる。

 ゲーム内で主人公達が常識的に持ちきれないほど大量のアイテムを所持出来るのはこの魔法の袋のおかげという裏設定によるものだ。


「……確か家が買えるくらい高かったよな」


 言うまでもなくこの世界では一部の特権階級者しか所持していない貴重品だ。こんな物をレインが間違えて渡すとは思えないため絶対わざとに違いない。


「出世して勇者になったら百倍返しにしてやるから待ってろよ」


 俺はアムカラの工房にいるであろうレインの顔を思い浮かべてそう決意をした。

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