麺硬め、あと娘は預かった

立風館幻夢

麺硬め、あと娘は預かった

「らっしゃい、ご注文は?」

「あぁ、味噌野菜ラーメン、麺硬めで」

「はいよ」

「あ、それと……お前の娘は預かった」

「……はい?」


 とある街のラーメン屋、その客は突然現れた。

 ラーメン屋にドレスコードはない、しかし、男の格好は明らかに浮いていた。

 全身黒のタキシード姿……まるで食べ終えたら舞踏会にでも行こうとでも言いたげな恰好だった。


「……いいからラーメンを作れ、麺硬めでな……俺は客だぞ?」

「……」


 店主は男の言葉が理解できなかったが、手を動かし、注文の品を作り始めた。


「お客さん、笑えない冗談はよしてくれないか?」

「冗談か……ふふふ……」


 男はスマホを取り出し、一枚の写真を表示し、店主に見せた。


「ほらよ、これで信じてもらえたか?」

「なっ……」


 スマホの画面に映っている少女……それは間違いなく、己の実の娘……その娘が、縄で縛られ、猿轡をされていた。

 店主は手が止まり、しばらく沈黙した。


「おい、それ以上茹でたらヤワになっちまうぞ?」

「……なに?」

「そうだなぁ……美味いラーメンを食わせろ、そしたら娘を攫った理由を話してやる」

「くっ……」


 店主は要求を飲み、注文通りのラーメンを作り上げた。


「お待ちどう……」

「どれ」


 男は己の服装などお構いなしに、ラーメンを豪快にすすり始めた。

 ものの数十分で丼の中は空っぽになった。


「うーむ……やはりこの店のラーメンは美味い……以前訪れた時は、確か奥さんと娘さんもいたよなぁ?」

「……お前、前もここに?」

「あぁ、奥さん、元気にしているかい? あぁ……そういえば数か月前に亡くなったんだよなぁ? それで今は男手一人だったな?」

「……」

「あぁ、悪い悪い、最初の約束を守ろう……お前の娘を攫った理由だがな、単純に華奢で健気でかわいかったからだ、いや、やはり年頃の女の子はいいねぇ、元気一杯でかわいくて……」

「野郎……」


 店主は怒りを募らせ……先ほどまで野菜や肉を切っていた刃物を握りしめた。


「おおっと? 今俺をぶっ殺せば……娘は助からないぜ?」

「……」

「まぁそう怒るなよ、俺はアンタの作る飯が大好きなんだ、だからここに座っているわけで……そうだなぁ、じゃあ美味いチャーハンを作ってくれたら、娘の居場所を教えてやる、いいだろう?」

「……わかった」


 店主は包丁をゆっくりと置き、チャーハンの材料をまな板に置き、手際よく作り始めた。


「へい、お待ち」

「どうも、どれどれ……やはりこの店のチャーハンはいい……パラパラでまるでタイ米のようだ」

「おい、作ったんだから居場所を……」

「まぁ待ちたまえ、俺は美味いチャーハンを作ったらってそう言ったろ? どれ、味は……」


 男はレンゲで飯を掬い……口へ含むと、ゆっくりと噛み締めた。


「……美味い、やはりこの店のチャーハンは格別……先ほどまで肉や野菜、それらを醤油ダレを炒めた中華鍋で作ったチャーハンは……最高だな」

「……」


 男は感想を述べると、胸ポケットに仕舞っていたハンカチで口を拭いた。


「さて、居場所だが……俺のアパートにいる、三島荘、駅前にあるアパートだ、そこですやすやと寝ているよ」

「よし……」

「おおっと? 店を出ようたってそうはいかないぜ?」


 男は店を出ようとする店主に向かって……銃口を向けた。


「くっ……」

「カウンターの中に戻りな」


 店主は要求を飲み……まな板の前に直った。


「……何が望みだ? 金か?」

「金? アッハハハハハ!!」


 男は高らかに笑い……カウンターを何度も叩いて堪えようとした。


「金なんざいらねぇよ……」

「じゃあ……何が欲しい?」

「俺が欲しいのは……アンタだ」

「……なに?」

「アンタには一生ここで飯を作ってもらう……この俺を含めた常連客全員にな、近頃奥さんが亡くなってからアンタは店を度々休業したり、味が落ちたりしている……これは奥さんが亡くなって、娘の面倒も見る羽目になったから……違うかい?」

「……」


 男の言い分は正しかった。

 妻が亡くなってから、店主は娘の授業参観へ行ったり、塾の送り向かいをしたり……ラーメン以外の副業も始め、娘の為に日々金を稼いでいた。


「だから、娘の事は俺に任せてよ、アンタは飯を作ることだけ考えてろよ……それが俺たち客の願いだ」

「……いくら客の願いだろうが、それは飲み込めねぇな……」

「言うねぇ……状況を見てみろ、今のアンタに出来るのは、俺の言う通りにするか、死ぬかだ、流石にアンタをぶっ殺すことはしたくない……この店を贔屓してるからね」

「……」


 店主は……プライドを投げ捨て、頭を下げた。


「おやおや? なんの真似だい?」

「頼む……この通りだ! 娘を返してくれ……あの子は……俺と先に逝っちまったアイツとの……宝物なんだ」

「おいおい、よしてくれよ……そうだなぁ、俺もそこまで悪魔じゃない……美味い餃子を作ってくれ、そしたら解放してやるよ」

「ほ、本当か!?」

「あぁ……」


 店主は要求を飲み、冷蔵庫から仕込んだ餃子を取り出し……焼き始めた。

 しばらくし、長皿に盛り付け、男に差し出した。


「お待ちどう……特性餃子だ!」

「ふむぅ……」


 男は醤油をかけ……餃子を頬張った。


「……美味い、噛んだ瞬間に肉汁が弾け、口の中に浸透していく……」

「じゃ、じゃあ……」

「だが……娘を返すのはダメだな」

「なっ……」

「俺は餃子を作ってくれとしか言ってないぜ? ……誰が、『焼き餃子」と言った?」

「……まさか」

「店主さんよ、知らないんだったら教えてやる、本場の餃子はな……『水餃子」の事を指すんだ、焼き餃子なんてまかない料理を食うのは日本ぐらいなんだよ」

「……」


 店主は絶句し……その場にしゃがみこんだ。


「アハハハハ!! この勝負、アンタの負けだ……アンタは一生、家族の事なんか考えず、店の事だけ考えてろ……副業の方には今日中に辞めるよう言ってくれよ? ではまた……」


 男は席を立とうとした……が、異変に気付き、自分の手を見た。


「なんだ……これは? 何故……蕁麻疹が!?」

「ふふふ……」


 しゃがみこんでいた店主は、不気味に笑い始め……カウンターにのめりこんだ。


「残念だったな……俺が提供した餃子は……『大豆肉」を使っている、ヴィーガン餃子だ」

「なん……だと?」

「お前の顔見て思い出したよ……お前、以前ここに来た時言ったよな? 『俺は麻婆豆腐は食べられない」ってよ……そこでふと思ったんだ……食えない理由があるんじゃないかってな」

「まさか……俺の……アレルギーを……かゆい……かゆい……」

「確か三島荘って言ったな? 娘を向かいに行ってくるよ」


 店主はカウンターを出て……扉を開けた。


「ま、待て!! 俺は……アンタの飯が食いたいだけなんだ……」

「そうかい、ならば、次は普通に来てくれよ……」

「何故だ! アンタは娘がいるから飯が不味くなる! 店も開けなくなる! そうじゃないのか!?」

「残念ながらそれは違う……その理由は……俺の気持ちが原因だ」

「気持ち……?」


 店主は……痒みに苦しむ男の方へと振り返った。

 そして……口を開いた。


「俺は……あいつが死んでから……気持ちの整理がつかなかった、新しい環境になっちまって……混乱してたんだよ、だが……お前のおかげで、目ぇ覚ました」

「……何?」

「俺はお前みたいな客の喜ぶ顔が見たいから……この店、あいつと立ち上げたんだ、だから……あいつのいない分、俺も精一杯頑張らねぇとな……なに、娘の事は心配いらねぇ、実は値上げをしようか迷っていたんだが……お前みたいな客が出るくらいなら、そろそろ決意固めないとな」

「……」


 男は痒みに苦しみながらも……店主の言い分を一言一句聞き入った。


「明日から値上げをするが……いいか?」

「あぁ……構わねぇさ……俺はアンタの飯が食えればそれでいい」

「そうか……」


 店主は……男に背を向けた。


「お代はいらねぇ、じゃあな……また来いよ」


 店主は、店を後にした。

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