Part-B

 次元弾道跳躍Dimension Ballistic Leapとは、人類が手にした超光速航法だ。


 我々の宇宙は10次元空間に浮かんだ3次元の膜、膜宇宙braneworldであり、次元弾道跳躍は文字通り、膜宇宙を飛び出し高次元を弾道飛行し、また膜宇宙に戻る。


 その距離は艦の性能によって違うが、軍艦である『かが』は一回の次元弾道跳躍で、3パーセク(約10光年)を短時間で移動できる。


 『かが』艦橋では、次元弾道跳躍の準備に向けて大忙しだった。


「じゃあ、私はHFRに移るわ」

「了解です。艦長」


 艦長である呉ナナ1等術佐が艦長席の背後を振り返ると、そこには巨大な顔があった。


 艦橋空間の大部分を占めている巨大な人型。


 それは人型機動戦闘機を軍艦の動力源とするために改造した人型出力炉Human Frame Reactor、略してHFRだ。


 HFRは艦橋に座った形で固定されている。顔はHFと同じく目だけが開いた仮面で覆われているが、体は装甲でなく巫女服のようなものを着ていた。全体的に女性の形をしており、兜は被っておらず長い黒髪が見えている。


 艦長が艦長席の後ろにある短い階段を昇ると、目の前には赤い球体。


 HFの操魂球Cockpit Sphereと同じものだが、HFと違い装甲に隠れておらずHFRの胸部にむき出しになっていた。


 赤い球体に手を付けると、すっと沈み込む。そのまま全身を操魂球に溶け込ませた。少しの間を置いてHFRの目に光が灯る。


 艦長席に艦長の映像が浮かび上がった。HFRに搭乗したまま艦橋員とのコミュニケーションを取るため、艦長の立体映像は乗員と会話が可能。まるでその場にいるような実在感だ。立体映像の艦長が目を瞑ったまま声を上げる。


「HFR起動完了。艦体同調開始」


 HFRは単に動力源として存在している訳ではなく、自らの体の延長とすることで艦全体を掌握し艦そのものになる。


 艦体同調した呉ナナは『かが』そのものとなった。


「……同調完了。蓄霊開始」

「了!現在蓄霊率70%」


 艦長の宣言を受けオペレーターが、蓄霊凝縮装置Aether Condenserの蓄霊率をモニターして報告する。

 蓄霊凝縮装置は普段HFR未起動時にエネルギーである霊力Aetherを供給する役割を持っているが、次元弾道跳躍では全てのエネルギーを使うため100%にする必要がある。


 艦長はHFRから全力で霊力を注ぎ込む。


「蓄霊率95%……97、98、99、100%に到達しました!」

「了解。航海長。準備加速行動開始。抜錨!」

「抜錨!空間アンカー停止!HBLCフィン起動!両舷前進微速!」


 航海長が復唱し、次元弾道跳躍のための準備加速行動を開始する。


 HBLCフィンとはヒッグス境界層制御翼Higgs Boundary Layer Control Finの略で、艦尾に付いているサメのヒレのような形をした長さ5mほどの装置だ。


 ヒッグス場は質量をもっている物が動くのを邪魔するような働きがある。止まっている大きな質量の物を動かし始めるには大きな力が必要だ。

 HBLCフィンは、逆にヒッグス場を利用して移動する手段としていた。フィン上の境界層に反ヒッグス粒子を流し、まるで液体をかき分けて進むようにヒッグス場を移動する。


 HBLCフィンは旧来のロケットのような作用反作用による推進より、大きな加速性能を持つ。


「進路そのまま、両舷前進最大戦速!ヨーソロー!」


 艦体のHBLCフィンが青い光の帯を残しながら、艦を亜光速まで一気に加速させる。


「艦速1pls(光速の1%)!2、3、4、艦速 5plsに到達!次元弾道跳躍準備加速完了!」

「よろしい。次元弾道跳躍行動開始」

「了!艦長操艦!お返しします!」

「艦長操艦、了解。蓄霊率よし!準備加速よし!全艦対跳躍姿勢!後10秒で次元弾道跳躍実行します。……5、4、3、2、1、離空takeoff!」


 護衛艦『かが』は、現行宇宙から消えた。

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