Part-D

 ユイの息遣いが、仮想のコックピット内で反響する。


(落ち着け!これまでやったことを繰り返すだけ!)


 敵機アルファ1が正面に迫る。減速の気配はない。このまま正面で接触することになる。


 宇宙空間での三次元機動戦闘を皇国では星間機動戦と呼ぶ。星間機動戦では敵機の後ろを取り背後から小銃を当てることがセオリーになっていた。正面からでは刹那の一瞬のタイミングしかない。


(弾丸は装填ずみ。後はトリガーを……待て待て先に霊子を籠めなきゃ)


 零式の標準装備はHF用89式200mm小銃。いわゆるアサルトライフルで、銃剣も付けられる。

 弾倉に30発。弾種は色々あるが、HF相手の場合、霊銀徹甲弾Mithril Armor Piercingを使う。


 HFは霊力場Aether Force Fieldで周囲を防御しており、通常の攻撃は殆ど効かない。物理攻撃はもちろんのこと光学兵器粒子ビーム兵器も、霊力場が無力化する。


 霊力場の存在が、HFを最強の兵器としていた。


 霊銀徹甲弾が弾頭に使っている金属、霊銀Mithrilが霊子を蓄積することができ、霊子で満たされた霊力場の貫通が可能。


 ただ、霊子は通常空間ですぐに揮発するため、撃つ直前に込める必要がある。そして発射した後も揮発し続けるため、有効射程は1,000mほど。亜光速戦闘ではあっという間の距離だ。


 アルファ1が接近してきた。真っ直ぐユイの機体に向かってくる。


(3、2、1、今!)


 ぎりぎりまで引き付けて、トリガーを絞る。霊子を籠めるのを忘れずに。


 刹那の一瞬で交差した。


 敵HFの全身が一瞬見えたがあっと言う間に過ぎ去る。こちらの弾丸は敵HF頭部と腕に当たったようだ。逆に向こうの弾は当たっていない。


 戦術コンピュータも相手HF大破と判定している。初の実戦で初戦果だ。


 撃墜した敵から救難信号が出されていた。HFは大破したが、操魂球を切り離し脱出したらしい。HFパイロットが撃墜で死ぬことは少ない。機体が大破しても操魂球が耐え、回収されれば生き残れる。ただ直接操魂球を壊されたらその限りではない。


 ユイはゆっくりと息を吐いた。ちょっと手が震えている。仮想の体が心情を再現していた。


 もし外したとしても僚機がフォローしてくれていただろう。しかしゆっくりとはしていられない。次の目標であるアルファ3を捜す。


 アルファ3は少し離れた場所にいた。どうやらアルファ2を援護に行くようだ。アルファ2と交戦中のブルーリボン03が不利になる。急いで向かう。


--


 ブルーリボン03の海田ガイは焦れていた。


 アルファ1が早々に撃墜されると、アルファ2は回避に専念し始める。

 HF対HFでは相手の背後を取ることが大事だが、回避に専念されると中々捉えられない。


 2機のHFが彗燐光で、円や曲線を描く。


「だー!ちょろちょろ、うぜー!!!」


 ガイは、一気に加速させアルファ2にタックルを仕掛ける。敵もビックリして振り返った瞬間、その状態からHF頭部に回し蹴りを食らわせた。敵HFの頭が吹っ飛ぶ。


「おっしゃ!」

『バカ!!何やっているの!!』


 ブルーリボン04の信太山ケイから急な通信が入る。ガイの機体は今の格闘戦で殆ど停止状態になっていた。そこを目掛けてアルファ3が襲ってくる。


「しまった!」


 星間機動戦で停止することは自殺行為だ。


 戦闘時の速度差は有利不利の差で、速度を落さないことで攻撃にも防御にも有利になる。


 速度が落ちた後、急加速するためには、それだけエネルギーを使うことなり他の要素、例えば霊力場Aether Force Fieldなどにエネルギーが回らない。そのため、いかに速度を落さずに相手の背後を取るかが重要なスキルだ。


 ガイのHFを襲おうとしたアルファ3は、ケイが射撃で牽制し事なきを得た。


「サンキュー!ケイ!」

『星間機動戦の基本忘れちゃだめでしょ!戻ったら復習するからね!』

「へーい」


 ガイはケイに頭が上がらない。どうやら尻に敷かれているようだ。


 アルファ3は急行したユイが撃墜した。敵HFとこちらの零式では大きな性能差があることを確信する。速度も霊力場自体もこちらが上。機体の世代が違うからだろうが、零式の性能も中々のものだ。


 ユイは中隊の状況を確認する。ほぼほぼ撃墜できたようだ。


 第三小隊が一機、逃しそうになったが、バックアップに入っていた第四小隊が落とした。


 第401人型機動戦闘飛行隊第一中隊の初の実戦は、9機撃墜、損害0で終わる。


--


 『かが』の艦橋で、ほっとした空気が流れた。


 初陣を飾るのは15歳の少年少女だ。固唾をのんで見守っていたが、終わってみれば完封の大勝利。


「ふう、なんとかなったわね。霊電子戦を解除。敵駆逐艦に降伏勧告を……」

「艦長!駆逐艦が転進し加速を開始しました!次元弾道跳躍の準備加速と思われます!」

「え?味方HFを置いていくの!?」


 確かにHFをやられてしまうと圧倒的に不利になるが、貴重なHFパイロットを置いて逃げるとは思わなかった。


「どうします?早く追わないと逃げられてしまいますが……」

「そうね。砲雷長」

『はっ!』

「もう拿捕は諦めたわ。配置していた魚雷で敵駆逐艦へ攻撃を」

『了解しました!……丁度敵の転進先にありますね。よく逃げる方向が分かりましたね』

「カンよ。まあ逃げるときは母星方向に向かうかと思ったのよ」

『ある意味心理戦に勝ったってことですね。雷撃で対艦攻撃実行します!』


 この時代、魚雷はAI搭載の自爆型無人機のような役割になっている。


 普段は哨戒や敵魚雷の迎撃などを行い、無傷であれば回収もする。いざ対艦攻撃を行うときは重力子で敵艦の霊子防御を削り、最後は自分自身の物質を全てエネルギーに変換して破壊。HF以外では最強の攻撃兵器だ。


 しばらくして3隻の敵駆逐艦の撃沈が報告された。


 重力子魚雷が、駆逐艦に2発ずつ命中し爆発四散。生存者は絶望的。敵HFのパイロットは、9個の操魂球ごと回収された。


 軍事衝突であれば、戦時国際法に則り捕虜の待遇で処置されるが、今回は海賊行為に対する処置だ。どうなるかは分からない。


 今回の戦いは、NGS 6633宙域遭遇戦として記載された。さして広まらず皇国内でのみ記憶される。


 しかし、横田ユイと星菱レイに取って初実戦かつ初勝利のできごとだ。


 後に銀河国家群史に名を遺す少女と、歴史の闇に隠れる少年の掛け替えのない記憶となる。



続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る