我こそは玉梓が怨霊2

船越麻央

ハイパー玉梓が怨霊召喚

 深夜である。

 人里離れた山奥の古びた神社。

 その半ば崩れかかった小さな社殿内に浮かぶ男女の人影。

 生暖かい風が吹いている。

 ぶ厚い雲が月を隠している。

 どこからか獣の鳴き声が聞こえてくる。


 社殿の奥の祭壇で炎を揺らす二本のロウソク。


 暗闇と静寂の中、男が呪文を唱え始めた。


「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、我は求め訴えたり! 邪悪な霊よ、残忍な霊よ、無情な霊よ、我は汝を召喚する者なり。我は命じる、来たれ! 来たれ! 来たれ!」


 空気が凍り付いた。

 ロウソクの炎が大きく揺らめく。

 社殿内がガタガタと揺れ始めた。


「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、我は求め訴えたり!」


 ロウソクの炎がフッと消えた。


「……今よ……あれを……」

 女の冷たい声。


 男は懐から手のひらに乗るほどの透明な珠を取り出した。


 男は珠を祭壇に捧げた。すると透明な珠の中にゆっくりと文字が浮き上がり光を放った。その文字は、


 『怨』


 その時……二人の前に不気味な女の姿が浮かび上がってきた。


『……我こそは玉梓が怨霊……』


 青白い顔色、吊り上がり血走った眼、耳まで裂けた口。頭には大きな髪飾り。両腕を大きく広げ宙に浮き二人を見下ろしている。その下半身は暗黒に溶け込んでいる。まさしく怨霊のおぞましい姿である。


「……我こそは玉梓が怨霊……怨みを抱いて死んだ身は……暗闇の中をさまようばかり……我を呼び出したるは汝等か……」


「……玉梓様……我等にパワーを!」


 二人の男女は玉梓の怨霊に平伏した。


 祭壇の上には『怨』の字を浮き上がらせた珠。ついに玉梓神社は怨念の封印を解放したのである……。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 さてさて、ところ変わってこちらはある高校の教室。なんの変哲もない平凡な学校のようだ。ちょうど朝のホームルームの時間帯である。


「ねえねえ、今日からウチのクラスに男の転校生が来るらしいよ」

「へえ、そうなの」

「イケメンかなあ。まあ浜路さんにはカンケーないよね、犬塚クンがいるし。いいなあ……」

「もう、汐里ったら。何を言ってるの」

「わーい、赤くなった、赤くなった」


 まあ女子高生のフツーの会話であろう。ひとりは浜路比芽。黒髪ロングの美少女である。理知的で品の良い顔立ち。

 もうひとりは重戸汐里。ポニーテールの似合う利発そうな女子だ。浜路比芽の親友である。


 それとあとひとり名前の挙がった登場人物、犬塚クンと呼ばれた男子がいる。

 

 犬塚志乃だ。二人の女子のクラスメイトなのだが、実は浜路比芽の恋人である。俗に言うカレシなのだ。2年E組クラス公認のカップルである。二人が付き合うようになった経緯は省略。ちなみに重戸汐里にはまだ決まった相手はいない。これはあくまで余談、余談。


 その犬塚志乃は窓際の席で大きく伸びをしていた。浜路比芽と重戸汐里の会話は聞こえていない。この人意外に女性にモテるタイプなのである。これも余談、余談。


 さて、教室に担任教師が一人の男子生徒を連れて入って来て、ホームルームが始まった。


 その時、窓の外が急に暗くなった。つい先ほどまでの晴天がウソのように突然厚い雲が太陽を覆い、強風が吹いてきた。なぜか教室内がひんやりとし、何人かの生徒がブルッと震えた。


「えー、転校生を紹介します、イヌサキアラタ君です。それではイヌサキ君自己紹介をしてください」

 教師に促されて転校生は黒板に大きく自分の名前を書いた。


 ……犬崎 新……


「こんにちは、犬崎新です。好きな文字は『怨』、怨霊の『怨』です。どうぞよろしく」


 転校生、犬崎新は奇妙なあいさつをした。彼は小柄だが何か独特の近づき難い雰囲気、オーラを放っている。教室にまばらな拍手。


「それでは犬崎君、えーと浜路さんの隣の席が空いているね、浜路さんよろしく頼むよ」


「わかりました、ありがとうございます。浜路さん……よろしくお願いします」


 犬崎新は担任教師に一礼すると、与えられた席、すなわち浜路比芽の隣にゆっくりと向かった……。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「なんですと? 俺にその浜路比芽とかいう小娘と犬塚志乃とかいうガキの監視をしろって言うんですかい」

「ふん、そうよ。簡単な仕事でしょ?」


 ここはある雑居ビル内の小さな探偵事務所の応接室である。安物のソファーに依頼主の女と探偵が向き合って座っていた。


 探偵の名は網干二郎といった。「アボシ探偵事務所」の主である。金のためなら何でもするような男なのだ


「それで舟虫さん、監視するだけでいいですかねえ。高校生二人をどうするおつもりで」


 舟虫と呼ばれた女。網干の依頼主である。和服姿の妖艶な美貌の持ち主なのだが、実はとんでもない悪女……。


「そうね……それは別途相談……いいわ、犬塚志乃の方は別にもうひとり付けたから、あんたは女の方、浜路比芽をしっかり見張って……」


「へへへ、いいですよ俺は料金さえシッカリもらえれば」

「ククク、決まりね……しっかりやりな」


 最悪悪女と悪徳探偵、この二人いったい何をたくらんでいるのか……。


「フン、名刀村雨丸……必ずや手に入れやる……」

 探偵事務所を出た舟虫は小さくつぶやいた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「転校生の犬崎君、なんか陰気そうで怖い感じがするのよね。わたしの隣の席なんだけど」

「ハハハ、浜路さん気のせいだよ。転校して来たばかりだしねえ」

 犬塚志乃は浜路比芽の指にさりげなく触れた。

「そうよね、気にしないことね」


 放課後、肩を並べて下校する二人の姿を見つめる男の姿があった……。


 それと、もう一人忘れてはならない人物。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


『……我こそは玉梓が怨霊……』


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 めぐるめぐる

 めぐる因果は糸車

 めぐるめぐる

 めぐる世の中めぐりあい

 明日はどんな人にあうだろう

 どんなどんなどんな人にあうだろう

 大きな気分でいってみよ

 仁義礼智忠信孝梯

 いざとなったら珠を出せ

 力があふれる

 不思議な珠を

 

 




 


 


 







 


 



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我こそは玉梓が怨霊2 船越麻央 @funakoshimao

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