第28話 姫様の手料理
僕は一人目を覚ます。
どういうわけか、小屋の中でいい匂いが充満していた。
その匂いにつられて目を覚ましたわけじゃないが、それにしても、今まで嗅いだことのないようなとてもいい香りだ。
小屋に満ちている香りはプレラ様の匂いではない。第一、それは昨夜、僕の意思とは関係なく嗅がされたようなものだ。そのうえ、そのプレラ様も今は同じベッドで寝ていない。
プレラ様の拘束から脱出した後は別々に寝たのだ。隣で寝るように言われたものの、丁重に辞退させてもらった。
今はどこで寝ているのかと言えば、床で寝ている。プレラ様の残り香すら感じない場所だ。
それなのに朝からいい匂いとなると……。
「何か薬品が漏れているのか?」
「どうしてそうなるんですか!」
「うわっ」
床に横になったままの姿勢で周囲を警戒してつぶやいたところに、上からいきなり声がかけられ、僕は驚きのあまり声を出してしまった。
そんな僕の様子に、少しむすっとした表情をしているのは、僕が先ほどまで考えていたプレラ様。
すぐにほほえむような表情へと変わり、やれやれといった感じで肩をすくめた。
「ライト様、もう朝ですよ」
「わかってますけど、僕の朝はこれからなんですよ。早いんですねプレラ様」
「早くありませんよ。もうすっかり朝です」
そう言われて、ふっと窓越しに外を見るも、まだ日は登り始めたばかりのように見える。
「やはり、プレラ様が早いんですよ。いったい、こんな朝早くから何をしいてたんですか?」
「それは……」
なぜかここで言い淀むプレラ様。
果たして、言いにくいことでもしていたのだろうか。
しかし、小屋でできることなど限られているし、特別なにかしていたようにも見えない。
強いて言うなら、その服装くらいか。
初めて見るプレラ様のエプロン姿。
「料理、ですか?」
「と、とにかく。顔を洗って席に座ってください!」
バサリと布団代わりにしていた布を取り上げられ、無理やりに体を起こされる。
有無も言わせぬ態度に再度面食らいつつ、そんなスキをつくように、プレラ様は僕の背中を押して小屋から追い出そうとしてくる。
僕の方も、ただされるがままというわけにはいかないので、テーブルの方へと顔を向けたところ、プレラ様の小さな両手で両目をふさがれてしまった。
「え、なんです? 危険物でも設置したんですか?」
「いいから準備して戻って来てください」
「はあ」
よくわからないまま僕は小屋を出て、顔を洗い、軽く伸びをしてから朝の準備を済ませる。
その後小屋へと戻ってくると、今度は視界を奪われずに済んだ。
代わりに見えるのは、テーブルの上に並べられた料理。
「久しぶりの人間らしい食事だ」
「ライト様、普段何を食べていらっしゃるんですか?」
「普段ですか? その辺の雑草を煮たやつですね」
「それ、食べ物と言えませんよ?」
「食べ物ですよ。こうして活動できていますし。どうやら、保管庫にあるものは腐らないみたいですから、非常用に取ってあるんです」
「食材を大切にする気持ちはわかりますが、そんなことをしていたら、食べ物はあるのに死んでしまいますよ?」
本気で心配そうに見られてしまった。
ただ、本音を言えば面倒なのだ。
料理して食べた方がよいという気持ちは理解できるのだが、料理はいかんせん時間がかかるから、最低限腹が膨れてラクなものにどうしても手が伸びてしまう。
「こうしてプレラ様が準備してくださったので久しぶりに食べられますよ」
「何かごまかされているような気がしますが……」
なんだか呆れられてしまったように、やれやれとため息をつかれた。
流石に反省しよう。
もう少し人間らしい食事を心がけないと。
「……」
「え、そんなに引かないでくださいよ。僕だって普通の食事の方が嬉しいですから」
「いえ、そうではなく、その、怒りませんか? 勝手に道具を使って」
おそるおそるといった感じで聞いてくるプレラ様。
僕はそんな様子を不思議に思い、思わず首をかしげてしまう。
「僕がですか? 怒るわけないじゃないですか。プレラ様の行いですよ? それに、道具は全部プレラ様が準備してくださったものです。僕にはプレラ様を怒る理由がないですよ」
「それならよかったです」
心から安心したように笑ってから、プレラ様は両手を差し出してきた。
「ささ、冷める前に食べてください」
「はい!」
僕はケチ飯食いのライトなので、この小屋ではヤギ肉以来の料理に思わずよだれが垂れそうになる。
ここまでそこそこ時間を食ってしまったが、並べられた料理の数々はまだまだ湯気を立ち上らせており、これから食べるのがちょうどよさそうだ。
メニューとしては、僕の食べている雑草とは比べ物にならない新鮮そうなサラダ。僕が焼いただけの肉とは違う、何やらソースのようなものがかけられたステーキ。まるで焼き立てのように見えるパンに、どこにそんな素材があったのかわからないポタージュ。
「いただきます!」
「どうぞ、召し上がれ」
プレラ様の言葉を受けて、端から飯にがっついてしまう。
まず、食べ慣れているだろうサラダ。しかし、煮た雑草とは比べ物にならないシャキシャキとした歯応えで、食べていてとても楽しい感じだ。
ステーキなんかは、やはり、比べ物にならないほどの出来だった。焼いただけでも美味しかったヤギ肉だが、それと比べても段違いなほどにほろほろで柔らかい。これまで食べてきた肉が、ただのタンパク質の塊だったんじゃないかと思えるほどの絶品。
そしてパン。触るとまだほかほかとした温かさが残っていて、肉のソースと絡めるとパンの甘味と絶妙にマッチしてどんどんと食べ進められてしまう。
最後にポタージュ。どうやらこの短時間で相当煮てくださったらしく、具の存在が感じられないほどの滑らかさ。そのうえ、濃厚な味わいを感じられるのが素晴らしい。
「なんですかこれ。お店出せますよ!」
「ありがとうございます。ライト様のために努力した甲斐がありました」
「これ、プレラ様が全て作ってくださったんですか? わざわざ僕のために」
「はい。ここまで上達させるのに時間がかかってしまい……」
プレラ様はそこまで言うと急に黙り込んでしまった。
「プレラ様?」
「いえ、忘れてください。これくらい元からできましたから! 別に、練習をしていたとかではありませんよ!」
「疑ったりしてないですけど」
「いいですか。違いますからね!」
手まで突き出して真っ赤になるプレラ様。
突然のことに僕も食べる手を止めてしまう。
僕は別に、小さい頃から美食に触れてきたであろうプレラ様の舌を疑うつもりはないし、その能力が料理に発揮されたとしても、全然疑いもしないのだが……はて、いったいどんな心境の変化があったのだろう。
なんだか呼吸を荒くしているプレラ様に対して、僕が圧倒されてしまいちょっと話しかけにくい。
けれど、そうも言っていられない。
目の前にシェフがいるのだから、何も言わないわけにはいかないだろう。
「あの、プレラ様」
「なんでしょう」
「これ、とっても美味しいです。作ってくださりありがとうございます」
「い、いえいえ。とんでもないです……」
僕の言葉を受けて、プレラ様は照れたようにはにかんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます