第27話 添い寝
驚く僕に、笑うプレラ様。
TS薬を作ったのがプレラ様という事実に僕はしばらく固まってしまった。
「それは、すごいですね。本当に偉業じゃないですか」
「その言葉が聞きたかったんです!」
ありきたりな僕の言葉に、プレラ様は満面の笑みを浮かべてくれた。
その後、子どものようにはしゃいでいたプレラ様も今はぐっすりと眠っている。
気づくとすでに夜。
あれから、特に意味のない会話を繰り返して、気づけば時間が過ぎていた。
夜だからとノルンちゃんを家まで帰してあげる時、プレラ様の一緒に村まで行ったのだが、注目は僕ではなくプレラ様の方に集まっていた。
どうやら、すでに村の人たちとは打ち解けていたようで、あっちこっちからご飯やら何やらの誘いを受けていた。
「やっぱり、村の方が安心じゃないですか?」
その光景を見た素直な気持ちで僕が聞くと。
「まだ言いますか」
とプレラ様に呆れられてしまった。
「知り合って一日二日の相手よりも、長く深く関わっている相手の方が、どうあれ信頼できますよ」
「僕がそんな……ありがとうございます」
「よろしい」
それから、プレラ様は一人一人に対して丁寧に誘いを断っていた。
その際、僕をパートナーだとか大事な人だとか、色々と吹聴しているように聞こえたが、それはあくまで説得力を後押しするための口実だろう。
さすが姫様だ。
その後、今いる小屋に帰ってきたのが一時間ほど前のこと。
あり合わせの夕食を食べてから寝た。
そのはずだ。
そこまでは何もおかしくなかった。
プレラ様がやって来たことを除いて、特筆すべき箇所はなかったはずなのだが……。
「ライトさまあ」
僕は、気づいた時にはプレラ様と同じベッドの中だった。
おかしい。しっかりと男女の線引きはしていたはずなのに、どうしてだろう。
……。
考えても思い出せない。
そのうえ、まるで逃走や脱出を拒むように、プレラ様は僕の体をその細腕でホールドし、壁際に押し付けてきていた。
「……困ったな」
自然、独り言も小声になる。
こんなことをするつもりはなかった。と言ってもすでに手遅れだろうが、だからといってどうにか脱出せねばなるまい。
実力をプレラ様にとって過小評価することは、気をつけていくことに決めたが、だからといって、プレラ様と対等な関係というわけにはいかないはずだ。
プレラ様本人が用意してくださった小屋とはいえ、この建築物は、王都の自室とは比べ物にならないだろう。そんな場所に住まわせるなど、許されざる行い。申し訳なさでいっぱいなのに、そのうえ同じベッドの上で寝るなど……。
「さて、どうしたものかな……」
肉体的には同性なのだし、いっそこのまま寝てしまおうかという思考が一瞬脳裏をよぎったが、密着して香るプレラ様の匂いに正気を保ち続けられるとは思えない。
僕は意識をしっかり保つため、自分の舌を軽く噛んだ。
このままでは、数日のうちにこの場の主導権を握られてしまいそうな気がする。
この瞬間もこちらの意思が通っていないのだから、主導権などあったものではないが、とはいえ、これ以上侵略されるのは貞操観念的にもまずかろう。
まずはそっと抜けるように体をよじってみる。
「んん……」
僕が動くと、プレラ様はむずかるように、心なし腕に込める力を強めた。
僕はぬいぐるみか何かだと思われているのだろうか。そういう夢を見ているのかもしれない。
ますます困った。
体が小さくなっているからと、少し動けば脱出できるとか思ったが、そううまくことは進展しなかった。
なんだかこう、プレラ様の肉体の感触とまだ慣れていない自分の肉体の感覚のせいで、今誘われたら乗ってしまいそうな……。
いや、待て待て。正気を保て。プレラ様の信頼をぶち壊す気か。
自分に覚醒の魔法をかけて、意識をはっきりさせてから、今度は体を動かさずに冴えた脳で思考する。
この状況、これまでの人生で一番まずいと言っていいだろう。
いくら国を追われた姫様とはいえ、手を出してしまえば取り返しのつかない大問題になる。
プレラ様はそれをわかったうえで、心から信頼してくださっているのだ。
ならば、もうその意思に応えるまで。
僕は密着させた面から、プレラ様に魔法をかける。
それは催眠魔法。その効果により眠りを深くした。
すると、プレラ様の体から力が抜けた。
やはり、慣れない場所で緊張していたのだろう。だから、拠り所となる僕がいる場所の方が安心できたって話なのだ。
「さて」
声を出しても反応は見えない。
真の意味でぐっすり眠ってくれたらしい。
肩の荷が降りた気分だ。
このままいなくなってはすぐに起こしてしまうかもしれないので、僕の代わりに手頃なサイズの布を抱いてもらい、僕はベッドを出た。
ついで、かけた魔法がすでに効力を失っているのを確認してから、小屋からも出る。
「はあああああ……」
なんだかどっと疲れた気分だ。
僕だって慣れない環境に色々と不便しているから、きっとその疲れが出たんだろう。
「魔法局に帰る、ね……」
夜風に当たり、冷静になったところで、プレラ様の言っていた言葉をふと思い出した。
今の肉体じゃ無理だろうが、もし肉体を戻せたなら、おそらく不可能ではないはずだ。
今の暴走気味で個人的な力の使い方でなく、より多くの人のためになる研究に戻れることだろう。
ただ、今のところ特効薬は存在しない。
小屋に出る時に持ち出してきた、ただの容器を変形させて、僕はため息をつく。
「すごいです! 流石ですライト様!」
「ぷ、プレラ様!? 起こしちゃいましたか」
「いえいえ。水を飲もうとしたところで、ライト様がいなかったので、出てみただけですよ」
「そうですか」
ほっと息を吐きつつ、僕は自分の手元に目を落とした。
「こんなのただの手遊びですよ」
精神系魔法に耐性を持つ容器。少しいじって改造しただけの物体だ。マジックアイテムですらない。
「そんなことないですよ。職人でもそう簡単にはできません」
「職人ならもっといいものを作りますよ」
「わたくしはそれ以上のものを見たことはありませんが」
優しさにあふれたプレラ様の言葉に苦笑しつつ、僕は立ち上がる。
「ありがとうございます。こうしていても仕方ないですし。もう寝ます」
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