第26話 うわさのポーション

 プレラ様の手元で、ゆらゆらと揺れるポーション。


 その中には、明るい色味のとても澄んだピンク色をした液体が入っている。


 姫様がTS薬を盗んだというのはどうやら本当のことらしい。それは、僕が伝聞で聞いたポーションと一致している。


「それ、どうしたんですか?」


 わかりきったことなのに思わず聞いてしまった。


「ですからわたくしが盗んできたんですよ」


「盗んできたって……」


 純粋なTS薬。


 無論それは、僕や僕の同僚がアクセスできない場所にあったことは本当だ。現物を生で見るのは僕だって初めてだし、純粋な効果を発揮するポーションというのは、TS薬でなくとも貴重な逸品だ。


 作ったのでないとすれば、それは当然、盗んできたということになる。


 僕にだってそれがとんでもない行いだとわかる。


 僕の作るポーションもどきとは、比べるべくもない代物だ。僕のものは、しばらく精神系魔法に耐性がついたり、その他肉体強化等の魔法が効かなくなったりと、本来の呪いに対する治療という効果以外の影響も出てしまう。つまるところ、副作用があるわけだ。


 ただ、目の前にあるTS薬にはそれがない。


 元々の量よりは減っているはずだが、残量でも人間に対して使うには十分な量が残っているはずだ。


「それを盗んだから。国宝級のポーションを強奪したから、国を追われたと。そう言うんですか」


「ええ。強奪は言い過ぎですが、何せこれ、貴重も貴重ですからね。世界に一つの大秘宝ですよ」


「知ってますよ。それくらい」


 頭が痛いな。


 肉体系の魔法に関しては、僕も実際専門じゃない。自分の肉体が変わって原理も、実のところ把握していない。


 これらに関しては専門家の方が知識があって、どうなっているのか知っているのだろう。


 だが、僕でもわかることはある。行ったり来たりする効果をもたらすポーションなら二回使えば元通り。


 簡単な話だ。


 どうしてこんなことをしたのか。なんて、聞くまでもない。


「僕に使おうというつもりですね」


「わかっているじゃないですか」


「わかりますよ。わかります。わかりますとも」


 嫌と言うほどわかってしまう。痛いほど理解できてしまう。


 だからこそ、こんなことをさせてしまったのが申し訳ない。


 準備していたのは、この小屋の手配だけじゃないってわけだ。


「わたくしとしては、色々と言いましたが、本心を言えばライト様に魔法局へ戻ってほしいのです」


「……」


「ご自身の実力に対して色々とおっしゃられましたが、こうしてお話をしていても、特別悪影響はありません。それに、魔法局を辞めるとおっしゃった時でさえ、すでにコントロールできていたじゃないですか」


「どっちもギリギリなんですよ」


「そうは見えませんけどね。すでに定着しているのでしょう?」


 万能さんには敵わない。


 結局のところ、肉体に対して最も精通しているのはプレラ様と言っていいのだ。


 だからこそ、こうして僕の魔力の扱いに関しても敏感に察知されている。


 お飾りの役職でないからこそ、看破されている。


「この際、プレラ様がどうしてそこまで僕のことを高く評価してくださるのかは一旦横に置いておきます」


「横に置くほど疑問点もないですけどね」


「僕にはありますから。それでもやはり戻れませんし、それは受け取れません。使えません。無理です」


 ニヤリ、とプレラ様は笑った。


「耐性ができているから、でしょう?」


「……! どうしてご存知で……?」


「そんなに驚くことでもないでしょう。どれだけ一緒にいたと思っているんですか」


「数年ですよ」


「十分な期間です。十分すぎます」


 詰まるところ、エキスパートにはバレていたということらしい。


 僕の能力の副産物。常に自分の魔法で汚染されているからこその、耐性獲得能力。


「いつから気づいていましたか?」


「さあ、いつでしょうね」


「全く、かないませんね」


「たとえ弱体化していても、その部分は変わっていない。かなわないのはライト様ですよ。使ったものが偽物でも、少しでも同じ効果があれば二度は効かないなんて、他の方には持ち得ない力です」


「いると思いますけどね。同じ力を持っている人は。でも、能力の内容に関してはその通りです」


 二度は効かない。一度目は通しても、耐えてしまえば耐性を作ってしまう。


 だから、僕を実験体にはできない。結果が二回目で歪んでしまうから。


「でもわからない。わかっていたなら、どうしてこんなことをしたんです? 初めから意味がないと知っていたということでしょう?」


「知っていたわけではありませんよ。知ったのは今です。お話を聞いたことはありませんでしたから」


「じゃあなぜ」


「理由は三点。まず、ライト様のいない魔法局にいる理由がなくなったから。次に、ライト様に目標を持ってほしかったから。最後に、褒めてほしかったんです」


「盗んでくれてありがとうと?」


「いいえ。違います。そんなこと言ってくださらないでしょう?」


「当然です。盗みは普通に犯罪ですよ」


 それ以前に、プレラ様は僕より上の存在。プレラ様に僕が褒められることはあっても、その逆はない。


 これも一度横に置いておくとして、話を先に進めることにする。


「じゃあ何を理由に褒めてほしいんですか?」


「今まで秘匿されていましたが、これを作ったのはわたくしなんです。だから、傑作を作ったこと、ライト様にずっと褒めてほしかったんです」

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