第15話 歓迎の晩餐会

「うおおおおお! 英雄様のお通りだああああ!」


「こんな小さい女の子が助けてくれたなんてな! 全く、世界は広いぜ」


「よ、大魔法使い! 伝説のアークウィザード!」


 僕は気づくと知らない村人たちに讃えられていた。


 例によって例のごとく、僕はノルンちゃんの策略にハマり、村のお祭り、宴とやらに参加するハメになった。


 それも、一応しっかりした場なので、僕もいつもの作業着ではなく、姫様からもらったやつの一番いいのを身につけている。上等なドレスというやつだ。


 スカートは落ち着かない。服がダボダボの状態とはまた違った不安感がある。


 そんなこんなで精神的にダブルパンチだ。


「近くにこれだけの実力者がいれば当分は安泰ね!」


「当然だろう。俺は最初っからうまくいくって信じてたぜ」


「何言ってるのさ。私はね。あのうわさが広まってから、いつか何かやってくれるって予感してたから」


 初日は僕に石を投げてきていた連中や、そうでなくとも、侮蔑的な視線を送ってきていた連中まで、全くもって僕のことを人と見ていなかった彼らが、まるで僕を歴史上の偉人や物語に登場する主人公みたいな扱いをするので、もう笑うしかなかった。


「ささ、ライト様もお飲みください」


「いや、あの、お酒はちょっと……」


「そうですか? ラウネ様の使いともあろうお方が、我々の風習に合わせてくださると? 本当に、頭が下がる思いです」


「は、はあ……」


 別にそういう理由ではなく、単に飲めないだけなのだが、本当に村長だったおじいさんは、僕に渡そうとしたお酒をごくごくと飲み出した。


 ひげを蓄え、腰を曲げた老人なのだが、どうやらかなりお酒に強いらしい。


 そんな村長の村なのだから当然かもしれないが、もう宴なのかなんなのかわからないくらいに、そこら中で飲む村人たちは、ほぼほぼ完全に酔っ払いへと変貌していた。


 改めて、僕の現状を振り返る。


「よくわからないまま連れられて、よくわからないまま高いところの椅子に座らされて、よくわからないままどんちゃん騒ぎの飲み食いが始まり、僕はそのおこぼれをあずかる形、と」


 主役扱いされている割に、まるでいるだけでいいみたいな扱いなのだが……。


 まあ、僕はそんなに人と騒ぐことは好きな方ではない。魔法局にいた時も、仕事の手伝いはしたが、集まりなどは基本的に断っていた。


 別に嫌いというほどでもないが、こういう場は馴染むよりも遠くから眺めている方が好きだから、参加することに対して引け目を感じてしまうのかもしれない。


「うーん! こんなの普段じゃ絶対食べられないよ! 美味しい!」


 おっと、そういえば、必ずしも酔っ払いまみれのお祭りではなかった。


 村の子ども達は、村長が風習といった言葉通り、一定の年齢になるまでは酒は飲めない決まりらしい。


 当然、ほぼ初対面みたいな村人たちの中に、一定の年齢に満ちていない知り合いなどいるはずもなく、ぼっちである現実は普遍だ。


 遠くでにらみつけてきている少年などは、そもそもお友だちになることさえ難しいだろうが、わざわざ僕の近くまでご飯を持ってきて食べているような、物好きな少女の場合はそうもいかないのだろう。


「ノルンちゃんはいいの? お友だちと食べないで、あの辺の女の子たちとか、ノルンちゃんと同い年くらいじゃない?」


「いいの! お友だちとはいつでも食べられるから!」


「いやまあ、たしかにそうかもしれないけど、こういう特別な日はそうそうないでしょ?」


「お姉ちゃんはもうちょっとわがままでいいんじゃない?」


 自分の都合で僕をここに連れてきた子はやはり言うことが違う。


「一人になりたいなら一人になりたいって言わないと一人になれないよ?」


 少し寂しそうに彼女は続けた。


「嫌ならわたしも離れよっか?」


 たしかに、ノルンちゃんの言う通り、宴の初めこそ僕は英雄だなんだと大勢の村人に囲まれていたものだが、今や僕の天下は終わりを告げていた。


 村人たちが知り合いと楽しそうにはしゃいでいるだけ。ノルンちゃんのご両親も含め、みな挨拶を済ませたということなのだろう。僕は本当にいるだけだ。


 ただ、そんな状況でも、僕はノルンちゃんの言葉に対し、すぐに首を左右に振った。


「ううん。そうじゃないよ。本当に、ノルンちゃんがいいのかの確認だからさ」


「そう?」


「そうそう。それじゃあノルンちゃんの言う通り、もう少しわがままになろうかな」


 それでも疑うように、うかがうように見てくるノルンちゃんに、僕は隣の椅子を引いてその座面を叩いた。


「ほら、おいで。僕はノルンちゃんにもっと近くにいてほしいな」


 僕の言葉を聞くと、立ったまま食べていたノルンちゃんは食べていたものを取り落としそうなほどの呆然とした表情を浮かべたのち、彼女は今までで一番の笑みで僕の膝の上に座ってきた。


 え、いや、え? 僕、隣の椅子をすすめたはずだよね……?


 ノルンちゃんの匂いがふわりと鼻腔をくすぐる。僕のももには軽いながらも人の重量と熱量を感じ、それがゆらゆら揺れて動いているのが手に取るようにわかる。


 なんだかやたらテンション高く、ノルンちゃんは喜色そのまま、首だけ僕の方を向いた。


「楽しいね。お姉ちゃん!」


「うん。そうだね」


 困惑する僕のことなど気にすることもなく、どれがいい? と、少ししか手をつけていない料理を見ながらノルンちゃんが聞いてくる。


 並んでいるものは、何かの丸焼きに野菜やジュース。最近はヤギ肉と保存用のしょっぱいものばかりだったので、味の違うものはどれでも美味しく感じられた。まあでも、ノルンちゃんは子どもだし、お肉を食べるのがよかろう。


「このお肉なんかはとってもいいよ」


 僕が指さすと、


「これね」


 と、ノルンちゃんは思い切りよくフォークをぶっ刺した。そのまま口に運ぶのかと思ったが、またしても振り向くと手を皿のようにしながら僕の顔の前へと運んでくる。


 あっけに取られ、僕の開いた口に、


「あーん」


 とノルンちゃんは構わずぶち込んでくる。


「ふぁにふるのふぁ!」


「美味しい? それはよかった!」


「ふぃふぁふぉうふぁふぁふっふぇ」


「もう、そんなに言わなくてもいいよお姉ちゃん。お姉ちゃんは今日の主役でわたしの英雄なんだからね」


 どうやら意思疎通ができていない。


 口に物を入れられているからまともに喋れないとか、そういうレベルでなく言葉が通用していないようだ。


 ノルンちゃんも、やけにテンションが高いおかしな場の空気に酔っているのかもしれない。


「はあ……」


 むしゃむしゃもぐもぐ咀嚼する。


 料理には詳しくないのでなんの肉かはわからないが、噛むたび肉汁があふれ出てくるその肉は、よだれが止まらなくなるほどの美味しさだった。やわらかく、まるで筋の感じられない肉で、王都にいた時もこれほどのものは食べたことがないような質のいい肉だった。


 そうして僕が料理を味わう間も、ノルンちゃんは体を揺らしながら、僕の口が開くのを待っている。


「あのさノルンちゃ」


「あーん!」


 彼女は、有無も言わせず、口にものを詰め込んでくる。


「ふぉふんふぁん!」


「もう! 照れなくていいだよ? お姉ちゃんにしてもらった分はまだまだ全然返せてないんだから」


「……」


 僕はこれ以上、どんな仕打ちを受ければノルンちゃんに許してもらえるのだろうか……。

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