第12話 怒り狂う来訪者
昨日は結局、僕の持つ小屋についてノルンちゃんに色々と説明して終わった。
ただ、そんなことをしたところで、僕の所業や僕の業でノルンちゃんに引かれることもなく、雑多に魔法を見せた。それだけだった。
その後、ギリギリまでついていってあげ、村へと送り帰した。
弟子という提案は却下したものの、友として遊ぶ約束はした。
そして今日。
二度あることは三度あるという言葉がある。
ドンドンドンッ! という調子で止めどなく、ひどく荒々しい感じで扉が叩かれる音がした。
今にも壊れそうな調子の音に、僕は慌てて扉を開ける。
「どうし」
ましたと聞く前に、二人組の男女、その男の方が僕の胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「うちの娘に何をした! どこに隠している!」
顔を真っ赤にして、今にも噛みついてきそうなほどの物凄い形相で、誰かの父親らしい男性はツバを飛ばしながら言ってくる。
「お、落ち着いてください。何が何だか」
「落ち着いてなんていられないわ!」
と、ヒステリーを起こしているような女性。おそらく男性の奥さんはそんな風に言う。
「娘がいなくなって、遊びに行くでもなく姿を消して。家に帰ってこないのに、平静でいられるものですか! このペテン」
「ああそうだ。お前こそ、よくのうのうと生きていられるなこの詐欺師!」
何が起きているのかわからないが、とりあえず、僕のことをペテンだの詐欺師だの吹聴して回っているのはこの人たちだということだけはよくわかった。
見た限り、石は投げてこなかった人たちのはずだが、かなり陰険な性格をしているらしい。
「あの、落ち着かなくてもいいので、もう少しわかるように言ってもらえませんか?」
あくまでこちらは冷静に、二人の顔を見て僕は言う。
だが、怒り狂った男性は、ギリギリと首を絞めるように僕の服を掴んだ姿勢のまま、ギッとキツくにらみつけてくる。
「なら先に、これらの建物の中身を見せてもらおうか!」
「それで気が済むなら好きにしてください」
「ふんっ!」
床に叩きつけるように、男性は僕のことを投げ捨てる。
背中から床に叩きつけられた痛みよりも、息苦しさから解放された方が勝ち、僕は少しラクになった。
「弟子になりたいと言っていたのよ。あなたのせいに違いないわ」
続いて、僕を見下すようにしながら女性が小屋に入ってくる。
弟子、という話が出てくるということは、おそらくノルンちゃんのご両親だろう。
一瞬、こんな激情型の人たちなのかと思ったが、大切な娘が失踪していればどこの両親もこんなものか。
などと思っていると、乱暴に棚を開けながら、いないいないと大声を上げるお二人。
これはちょっと度が過ぎるというかなんというか……。
「他の方か!」
「案内しますよ?」
「構わん!」
僕の方など見もせずに、男性は僕の生活する小屋を漁り尽くすだけ漁り尽くして出ていった。
「ふんっ。女の子一人、こんな小さな建物内に隠せるはずもないわ」
と言いつつ女性がその後ろについていく。
やっていることはノルンちゃんと似たようなものだが、彼らは片すこともせずに建物を出ていってしまった。
「なんだってんだろうなあ」
話の筋からすればノルンちゃんがいなくなったのだろうけど、僕しか疑う先がないのか? そりゃまあ、僕は見知らぬ相手で、最近越してきていて一番に怪しくはあるんだろうけども……。
ただ、ノルンちゃんのあの感じだと、この辺りはテリトリーなんじゃなかろうか。少しくらい帰ってこなくても心配しなくても良さそうな気がする。それに、昨日だっていなかったんだし。
「あーあー。僕だってどこに何が入ってるのか、まだ把握してないってのに」
荒らされ放題の部屋に四苦八苦格闘しながら整理する僕。
「おいっ!」
と後ろから声がかけられた。
慌ただしい人だ。
それは当然、説明の必要もない人物。ノルンちゃんの父親からの声だった。
相変わらず目つきはありえないほどに凶悪だったが、少し冷静さを取り戻したようで、肩で息をしつつもその場に立ち止まるだけの理性はあるようだった。
「どうしました?」
「どうやらここにはいないらしいな」
「言った通りでしょう? 何も知らないんです。何があったのかくらい説明していただけませんかね。今の状態じゃ僕には何が何だかさっぱりなんですが」
「あくまで、ここには、だ。まだお前の疑いが晴れたわけじゃない。森の中って線もあるんだからな」
「こちらから反論させてもらうと、慣れない場所でそれは難しいと思います。ただ、その言い方だと、やっぱり失踪ってところですか?」
「わかってたんじゃないか!」
「あなた!」
再び掴みかかろうとした父親を、母親が止めに入った。
「でも、ここにいないんじゃどこに隠すんだってのはその通りですよ。あの人の言う通り、森の中なら帰ってこれるはずです」
「だが……」
迷うようにしながらも、男性はその場に立ち止まり、再び僕をにらむだけにしてくれた。
「……ノルンがいなくなった」
淡々と言う男性。
「どこへやった」
ただそれだけを繰り返す。
「僕は知りません」
男性の目を見つめ返し、僕もただそれだけ言った。
本当に知らないし、答えようもない。
追加でわかることがあるとすれば、あいも変わらず疑われているということだけだ。
はてさて、僕は小さい頃、どうだったかな。親は心配してくれるような人だったのかな。なんて、感慨にふけりながら、僕は小屋の中を見回した。
「どれくらいの時間ですか」
「半日」
「えっ」
すっとんきょうな声を漏らしてしまう。
「半日って昨日からですか?」
だが、夜になる前には村まで送ったはずだ。朝になる前に出るような子じゃないと思うけど……。
やれやれと言った調子で男性が言う。
「今朝からだ。当然だろう」
「なるほど」
仕事がないと、気が抜けてしまう。どうやらかなりの時間を思索に費やしていたらしい。
全く、調子が狂うな。
僕は見つけた小物入れを斜めにかける。
「僕を疑うのはわかります。ただ、いないとわかったんなら、親ならもっとやることがあるでしょう」
「おい、どこへ行く気だ。ノルンをどこに隠したか、俺はまだ聞いてないぞ」
身支度を済ませ小屋を出ようとする僕に男性がそう声をかけてきた。
「ノルンちゃんを探しに行くんですよ」
「ノルンちゃんだと!?」
再度掴みかかろうとする男性の腕をすり抜け、僕は小屋を抜けた。
体勢を崩した男性が、ドア枠に頭から突っ込んだらしく鈍い音がする。
「あなた!」
「大丈夫だ」
というやり取りを聞いてから、僕は振り返らずに。
「そこでおとなしくしていてください。ノルンちゃんは僕が見つけます」
「何を言って……」
そこで二人の言葉は途切れた。
代わりに、ドサリとその場に何かが倒れるような音がする。二人が眠った音だろう。
結界を広げた。これで被害は広まるまい。
僕に気を遣われるのは、心底気に食わないだろが、そんなこと、僕の知ったことではない。
さて、あのノルンちゃんが帰らないんだ。魔物か何かと遭遇してしまっている可能性が高い。
冒険者じゃないが、この件に関して、きっと僕には責任がある。
「……でもま、本当なら親が探してあげるべきなんですよ。きっとね」
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