第11話 ケガを治してあげましょう

 僕はあの場で軽くノルンちゃんのケガを治療した。


 ただ、専門じゃない僕の即興による魔法では痛み止めがせいぜいだ。


 そのため、僕は小屋へとノルンちゃんを運んだ。彼女は軽かったので今の僕でも問題なく運べた。


 それに、怪我の具合は重くなかったし、僕の使える治癒魔法でも治せる程度の傷だった。


「これでよし」


「……」


「……あれ?」


 ありがとう! と言いつつ元気に抱きついてくるのかと思ったけれど、今のノルンちゃんにはどうやらそんな元気はないみたいだ。


 今のノルンちゃんはしゅんとして、床というか自分の膝というか、どことも言えない場所を見つめていた。


「どうかしたの?」


「ううん……」


 と言う彼女の顔はこれまで見たこともないくらいに暗かった。


 まあ、昨日今日のことなので、暗い顔を見たことないのは当然っちゃ当然なのだが、それでも子どもに似つかわしくない絶望したみたいな表情をしている。


「もしかしてあれ? 見せてもらう魔法が一般的な治癒魔法になっちゃったからショックってこと?」


「え?」


 ぽかんと口を開け、ノルンちゃんは不思議そうに僕の顔を見上げてきた。


 あれ、違ったのか?


「てっきり見れた魔法があんまりすごいものじゃなかったから、ショックを受けてるのかなって思ったんだけど」


「う、ううん。そんなことないよ! 村で魔法使える人たちも、こんなにキレイに治せる人はいないんだから、お姉ちゃんの魔法を見れてとっても嬉しいよ」


「そうなの?」


「うん。嬉しい。嬉しいけど……」


 そこでやはり、ノルンちゃんはうつむいてしまった。


 元気がない。


 魔法を見れて嬉しいのは本当みたいだけど、なんだか悲しそうだ。


 僕としても、せっかくなら本職の魔法を見せてあげたいが、何せ僕の専門は精神系。どうしたって見た目の派手さに欠ける。


 ドラゴンとか気絶させればちょっとはカッコがつくかもしれないけれど、冒険者じゃないからドラゴンの住処なんて知りはしない。元気を出してもらうために、それくらいできればいいのだけど……。


できることは普通に話を聞くくらいだ。


「ノルンちゃん、何か困り事?」


「そうじゃなくって……」


 言いにくそうにしながらノルンちゃんは視線をさまよわせる。


 読心もできなくはないけど、あんまり使いたい魔法じゃない。


「いいよ。無理に言わなくっても」


「ううん。言いたいこと! 言いたいことなの!」


 そう言ってノルンちゃんは意を決したように大きく深呼吸してから、イスから身を乗り出して僕の顔を見上げてきた。


「ご迷惑かけちゃってごめんなさい」


「迷惑?」


「うん。さっきのこととか、今朝のこととか」


 迷惑……。


 言葉を反すうしてみるも思い当たるところがない。


 ノルンちゃんの言う通り、今朝、彼女に押しかけてこられた時は困ったが、こんなにかわいらしいお客さんをもてなせなくては、王都から出てきた人間としては恥だ。


 そもそも、自分より小さな年端もいかない少女に迷惑をかけたとか思わせてる時点で大人として恥だ。


 僕は決意に満ちた表情を浮かべるノルンちゃんの目を見つめ返す。


「僕はノルンちゃんのことを全然迷惑だなんて思ってないよ。むしろ、僕のせいでケガさせちゃったみたいだから、僕の方が申し訳ないくらいだよ。ごめんね」


「……やっぱり、お姉ちゃんが助けてくれたんだね」


 ボソッと何かをつぶやいてから、楽しそうにふふっと笑うノルンちゃん。


 どうやらそこで、いつものノルンちゃんに戻ったようで、彼女は嬉しそうにイスで足をブラブラさせ始めた。


「ありがとう、お姉ちゃん!」


「わわっ」


 飛びつくようにしつつ、ノルンちゃんがイスから発射される。


 僕は慣れないながらも彼女を受け止め、その力を外へと逃しなんとかその場に踏みとどまった。


 えへ、と笑うノルンちゃんはもうすっかりいつもの調子を取り戻したらしい。


「そういえば、隣には何があるの?」


「隣?」


 さっそく好奇心を発揮したノルンちゃんは横の方へと目をやった。それは、第二、第三の小屋がある方向。


「えっと……」


 僕が固まった隙をノルンちゃんが見逃すはずがなかった。彼女は僕から飛び降りるなり勢いよく第一の小屋を出て行った。


「待って! 他の小屋はまだ見ちゃダメだから!」


「魔法の準備? 気になる気になる!」


 僕なんかの言葉で止まるはずもなく、猛スピードで駆けるノルンちゃん。第二の小屋の扉は小さな彼女の手でも簡単に開かれた。その中にあったのは、倒れたヤギの魔物たち。


 呆然と立ち尽くす彼女に追いついた時にはもう、時すでに遅しだった。


「これ、お姉ちゃんの使い魔? いっぱいいるね。寝てるのかな」


「ノルンちゃんは想像力豊かだね」


「えへへ」


 照れたように笑うノルンちゃん。なぜだ。


「それで、使い魔なの?」


「ううん。僕はそういうタイプの魔法使いじゃないんだよ。これは倒した魔物」


 試しに、僕は一匹のヤギを正気に戻し、すぐに気を失わせて見せた。


 流石に僕の本性を見て、ヤギを気絶させるような魔法を見せて、引かれるかと身構えたが、ノルンちゃんはこんなことでは引かなかった。


 むしろ、感激したみたいに僕の手を取ってずいっとその顔を寄せてくる。


「お姉ちゃん!」


「な、何かな?」


「本物だと思って! 弟子にして!」


「それはちょっと……」

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