第10話 村のいじめっ子をこらしめて

「何しよ」


 嵐のような少女が去って、僕は少しの虚無感を抱いていた。


 思い返してみると面白い女の子だった。


 僕みたいな怪しいのに対して無警戒なのはいただけないが、子どもだから仕方がない。僕が自重すればいいだけだ。


 というわけで、やってきたのは森の中だ。


 何がというわけだとツッコまれそうだが、僕が小屋へと越してきた理由を忘れてもらっては困る。


 そう、研究のためだ。


「そもそも、ノルンちゃんがいないと何もできないわけじゃないからな」


 むしろ、ノルンちゃんがいる方が色々とできないというものだ。


 建物が三つに分けれていて本当に良かった。


 もし、泡をぶくぶくしてるヤギとか、べっちゃべちゃの草だったものとか、その他ガラス系の容器とかを見られていたらそれはそれは大惨事だったことだろう。


 特にヤギとかどう説明したらいいんだよ。


「気をつけよう」


 また来るみたいに言っていたし、どうせすぐにでもやって来るだろう。


 それでも、親の目を盗んで来ているみたいだったから、毎日のように来るってことはないだろうが、それでも、突然やって来られても困るというものだ。


「そういえば、小屋から村まで走った時、森の中を移動してたどり着いた気がするけど、子ども一人で大丈夫なのか?」


 疑問に思ってしまっては、満足するまで探求したくなるのが研究者の性。だろうか。


 こんなもの、脇道にそれているのを正当化しているだけなのだが、誰になんと言われようと構わない。こんな僕のことを彼女は友だちなんて言ってくれたのだ。


 友だちの安全を考えないで、姫様の施しを受けようなんて笑止千万。影から安全策を張るくらいのことはしてもいいだろう。


「ん?」


 念の為警戒しながら村の方向に進んでいると、前方から声が聞こえてきた。


 森に入って木でもこっている人に遭遇したのかと思い、急いで茂みに身をひそめる。


 どうやら何かを叫んでいるようだが、まだ距離があるようで何を話しているのかまでは判然としない。


 しかし、どうにも仕事をしているとかそんな雰囲気ではなさそうだ。なんだか、ケンカでもしているような印象を覚える。


「森でケンカか?」


 多少文化が違うことを思えば、別の何かをしている可能性もある。例えばそう、お祭りとか。


 なんにせよ、ノルンちゃんのことは気になるが、昨日、憎まれるようなことをしてしまった以上接触するのは避けた方がいいだろう。いくら脅しだけで直接の危害は加えていないとはいえ、それはこちらの理論だ。


「いや、それでいいのか?」


 もし昨日のことに端を発している場合、万が一ということもある。僕の方へと飛び火して来ないとも限らない。


 ということで、抜き足差し足。僕は言い争いの現場へと近づいた。


「どうなんだよ! 言ってみろ!」


「大人たちに止められてるのに行ったんだろ? なあ!」


 近づくことで聞こえてきたのは子どもの声。それも、男の子の声だった。


 複数人の男の子が誰かを取り囲んでいるらしい。


 善良な人間なら止めるべきなのだろうが、僕が止めてもややこしくなるだけだ。


 そう考え、僕へ復讐する作戦会議じゃないことは確認できたので、そこで帰ろうとしたところ、「きゃっ」という悲鳴が聞こえてきた。


 小さな声だった。ドサッと地面に倒れる音が続く。


 知り合いなんていないはずの村。その村に住んでいるという、聞き覚えのある女の子の声だった。


「おい、ノルン! お前、あのペテンの小屋に行ったんだろ?」


「……」


「俺、見たからな。大人に言うからな! 正直に言えよ!」


「…………」


「言わねーんなら仕方ねぇ。俺たちがお前の間違いを正してやるよ!」


 少年三人による一方的な暴行。


 その場に倒れ込んだノルンちゃんは、怯えながら後ろへ下がっていく。


 そんな彼女に対して、気味の悪い笑い声を漏らしながら、少年たちはノルンちゃんへと距離を詰める。


 体格こそ大して変わらないように見えるが、一対三。普通の女の子が相手取るには荷が勝ちすぎるシチュエーションだ。


 だが、直接出ていけない。僕だって体格は大して変わらない。


「くっ」


 動けない。言い訳が脳内を駆け巡る。


「いや、やめて!」


 彼女の悲鳴。


 そこで、無邪気そうに抱きついてきたノルンちゃんの顔が思い返された。


 見知らぬ僕に無警戒で遊びに来てくれたノルンちゃん。その楽しそうだった顔が、今は恐怖に染まっていた。


 つくづく、生ぬるいな。僕だって姫様のこと言えないじゃないか。


 危害を加えようとしているのに、どうして相手を思いやる。


 振り上げられた拳。バッとノルンちゃんは顔をそらした。


 パンッという乾いた音がした。


 だが、その拳がノルンちゃんに届いたわけではなかった。


「え!?」


 驚いたように声を上げる少年。その顔は驚愕に満ちた表情に染まっており、その子は自分の左頬を押さえていた。


「こんなのおかしいだろ!」


 真ん中に立っていた少年が声を上げる。


「こんなの、男のやることじゃねぇ」


「ちょっと、え? 何言ってるの? ジュンくんがやろうって言い出したんじゃ」


「黙れ! 俺に文句があるのか? 殴られたいのか?」


「い、嫌だよ。うわあああああ!」


 ジュンくんの右側にいた少年は、殴られた恐怖からか恐れをなして逃げ出した。


 ジュンくんは彼を追うではなく、くるりと反対側を見た。


「お前はどうだ?」


「あ、えっと……」


 左側の少年はしばらく迷うように視線をさまよわせると、


「めちゃくちゃだよ!」


 と言い残し、同じく逃げ出した。


「待て! お前ら! 俺から逃げるってのか?」


 ジュンくんは怒り狂った様子で地団駄を踏むと、逃げた二人を追いかけるようにその場から駆け出した。


 その場に一人取り残されたノルンちゃんは、地面に倒れたままの姿勢でポカンとしている。


 僕はしばらく待った。


 しばらく待って静かになってから、ノルンちゃんの前に姿を現した。


「大丈夫だった? ケガは、してるよね。僕が治すよ」


「……」


 僕の姿に何を思ったのか、ノルンちゃんは呆けた表情を崩し、目に大粒の涙をためている。


「え、え? どうしたの? そんなに痛いの?」


「お姉ちゃんっ!」


 わっと涙を流しながら、彼女は勢いよく僕に抱きついてきた。

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