第9話 小さなお客さん

 翌日。


 起き抜けに、コンコン、と小気味いいリズムのノックの音が小屋に響いた。


 またか。


 昨日、あれだけの目に合わせられてまだやろうというのか。なかなかにしぶとい相手だ。


 そう思って居留守を決め込んでいると、


「あれ? いないのかな? もしかして早起きさん?」


 と幼い感じのかわいらしい声が聞こえてきた。


 当然、姫様のものではないし聞き覚えもない声だった。


 コンコン、と再度ノックの音がする。


「すいませーん。誰かいないのー?」


「どなたでしょう」


 あ。


 気づくと返事をしてしまっていた。


 知らない相手なら無視をすればいいものを……。


「え、いた! えっと、あの……村から、来たんだけど……」


 元気そうだった声は、いないと思っていた相手がいて驚いたのか、尻すぼみで静かになってしまった。


 いや、それよりまずい。流石に幼い女の子を小屋に連れ込んだとあっては、魔法研究局局員として……とそこまで考えてふと我に返る。


 そういえば、僕も今は女の子だったのだと。


 寝ている時でさえ背の縮んだことは実感していた。だから、女の子がやってこようと今は別にピンチにすらならない。まあ、特にメリットにもならないような要素なのだが……。


 そんなことを考えつつ、僕は重い腰を上げてベッドから起き上がる。そして、少し伸びをしてから小屋の扉を開けた。


 そこにいたのは茶髪の女の子。


 扉が開いた瞬間、僕の脇をすり抜けて、器用に小屋へと乗り込んできた。


「よかった! やっぱりお姉ちゃんだ!」


 あっけに取られている僕に、女の子は急に接近してくると腰の辺りに抱きついてきた。


「う、うわっ! え、なに? なにしてるの?」


「やっぱり悪い人じゃなさそうだね!」


 ふふんと楽しそうに鼻を鳴らしながら、彼女は僕の顔を見上げ満面の笑みを浮かべた。


 なんなんだろうこの子は……。


「見てたよ昨日の夜。石を投げてた人だけが慌てたように苦しんでたもん。誰彼構わず襲うような悪い人じゃないんだよ。でも、わたしには何も見えなかったんだ。ツタも枝も。悪い人じゃないんだと思うけど、お姉ちゃん、あれどうやったの?」


「えっと……」


 今度は僕が困る番だった。


 子どもだから、という以上になんだか隙だらけな女の子だ。


 見知らぬ相手の家にまで押しかけて、そちらから接近しようとはなんたる度胸。


 しかし、こうして触れ合っている限り、何かしらの凶器を持っているようには感じられない。


 本当にただの純真無垢。


 こんな子ども相手でも警戒していた自分ですら毒気を抜かれてしまう。


「とりあえず座りなよ」


「わーい!」


 落ち着きなさそうにベッドの上にダイブすると、彼女は部屋中を見見回し出した。


 いや、椅子に座らんかい!


 叱ろうかと思ったが、


「ふかふかあ!」


 と楽しそうにベッドを転がる女の子を見てそんな気も失せる。


 僕は彼女を横目にテーブルに紅茶を並べた。


 一応、客人に対するマナー。だと思う。


 その客人、小さな少女。茶髪でツインテールという出たちに加え、母親に作ってもらった感じのワンピースを着た快活そうな女の子は、一通りベッドを堪能すると、そこにちょこんと腰かけた。


「それで、えっと、お嬢ちゃん」


「ノルン! ノルン・セスティア!」


 どうやらノルンというらしい。


「……あのね。ノルンちゃん。昨日のことを見ての通り、こうして招き入れてしまったけれど、僕とは関わらないほうがいいんじゃないかな? ママやパパに怒られちゃうよ?」


「たしかに怒られちゃうかもだけど、すぐに帰ったらバレないよ。それに、わたしはお姉ちゃんが悪い人には見えなかったもん」


 そう頬をふくらませて言うノルンちゃん。


 僕に抗議されても困る。


 しかし、昨日一瞬見かけただけだというのに、やけに信頼されてしまったものだ。


 それに、


「……お姉ちゃん、か」


「?」


 不思議そうに首をかしげるノルンちゃん。だが、僕からしたら、お姉ちゃんなんて呼称で呼ばれること自体普通じゃないのだ。


 今や、年上の少女ということなんだし、お姉ちゃんで合っているのだろう。


「いいや、なんでもないよ」


 と僕は首を振って誤魔化した。


 これがきっと、ノルンちゃんの警戒心を削ぐ原因なのだろうし。もし、元の姿なら同じようなことをしても同じ結果にはなるまい。


「いいよ、わかった。せっかくのお客さんだ。ノルンちゃん。今日くらいはゆっくり」


「わーい! ねえねえ、何これ」


「話を聞いて?」


 僕の言葉を最後まで聞かずに、ノルンちゃんはベッドから飛び降りると、部屋のあちこちを指さして色々と聞いてくる。


 別に普通の道具のはずだが、それが珍しいのか、昨日僕をじっと見ていた時以上にキラキラした目で部屋中を見回していた。


「これ、飲んでいいの? 何これ」


「紅茶だよ。美味しいよ」


「いい匂い! いただきます!」


 言って、ノルンちゃんはカップをゆっくり口に運んだ。


「口の中でもいい匂い!」


「この辺だとあんまりないのかな?」


「ないよ。すごいすごい! お姉ちゃんって、もしかして魔法使い?」


「魔法使いだったら珍しい?」


「うん! だって、うちの村にはそういう人はいないから。初めて見た! あ、じゃあ、あれは魔法だったんだ!」


「村にはいないの?」


「いないよ! みんな戦士とかだから。簡単な魔法くらいは使えるけど、こーちゃ? とか、買えるくらいの人はいないし。こんな綺麗な入れ物もないよ」


「それは魔法じゃないけどね」


 思わず笑い、僕は続ける。


「それに、僕はノルンちゃんが思ってるような魔法使いでもないしさ」


「そーなの?」


 実際は否定するほどの違いでもないが、厳密には違うものだ。


「魔法を使うってより、研究してるんだよ」


「本物みたい!」


「まあね」


 みたいってのが一番しっくりかな。


 しかし、先ほどよりも興奮した感じで、ノルンちゃんは僕のことを見てきた。


 知りたかったことを知ることができたからか、はたまたもっと知りたくなったのか。


 そこで突然、ノルンちゃんはカップを置いた。


「どうしたの?」


「もう直ぐ戻らないと怪しまれちゃう。また見せてね! 今度は魔法も見せてね!」


「やっぱり来ちゃダメだって言われてるんじゃないか」


「わたしたち、友だちだけの秘密だよ」


 と口に人差し指を当てる動作をするノルンちゃんに苦笑しつつ、僕は小屋の扉を開けた。


 僕に大きく手を振ってから、


「バイバイ!」


 と言ってノルンちゃんは小屋を出た。


 そんな様子に、


「またね」


 と僕も手を振って見送った。


「って、ほだされてるじゃないか!」

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