第8話 先住民からの攻撃/軽く仕返し

「案外いけるな」


 ヤギだったものを雑に調理してムシャムシャといただく。


 どうやら、アレは食べられる魔物だったらしい。料理の腕前は人並みの僕が行った雑な調理でもパクパク食べ進められる。


「うまあ」


 もっとも、僕は魔法の研究者であって料理の研究者ではないので調理法が正しかったのかはわからない。


 調味料やら調理器具も一通り揃っていたので、昔を思い出しながらさばいてみたが、うまいと思う。


「これが安定して手に入ったら食料には困らないんだけどなあ」


 実際はそんな都合よく遭遇できるものでもないだろう。


 ラッキーに期待して生活するのはそりゃやっぱりなかなか難しい話だ。株を守るだっけ? ちょっと違うか。


「まあ、当分は困らないだろうし後で考えるか」


 皿に乗ったヤギ肉を見下ろし、次の一口に移ろうとした時、ドンドン! と小屋の扉が思い切りノックされた。


「はい」


 と返事をするも、向こうから声はかからない。


 少し待ってみても部屋に侵入してくる様子もなさそうだ。


 ふむ。誰だろうか。


 まだ僕の力を使った商売の看板を掲げたつもりはないのだが、早速お客さんかな、なんて呑気なことを考えながら外に出ると、逃げるように走り去っていく影が見えた。


「……うわあ、面倒ごとのにおいがする」


 かといって、この辺に人がいるとわかった以上、事故でメンヘラを作る前に挨拶に行った方がいいのかもしれない。


「もしかしたら、新入りの僕の方から挨拶に行かなかったことを指摘しようと!?」


 あり得る。あり得ない話じゃない気がしてきた。


 あまり運動は得意じゃないが、走って追いかけるとしよう。


 小屋の方は侵入できないだろうし大丈夫だ。


 僕は逃げ去る影を追いかけた。


 知らない森、見知らぬ土地。そして、暗くなっていることも相まって、日中と同じようにいかなかった。


 この体になって初めての全力疾走。それもまた、この場合には足枷となっている。長い髪が邪魔だった。


 それでも、追いかけ出してからしばらくしたタイミングで、人が大勢いる場所へと出てしまった。


 その中には、先ほど逃げていた男と同じ服の男も混じっている。


「……歓待、って雰囲気じゃなさそうだな」


 ペースを落としながらおずおずと進み出ると彼らの表情がよく見える。それは、僕に対してにらみつけるような、怒りに満ちた感情をよく表しているものだった。


「出ていけ!」


「そうよ。この村から出ていって!」


「不幸を運ぶ者め!」


「この、魔女が!」


 散々な言われようだった。


 それに魔女って、ああそうか。今僕は女の子の姿なのか。


 しかし、それならそれで思うところはある。こうも寄ってたかって少女に罵詈雑言を浴びせかけるのはどうなのだろう。


「あの。なんのことだかさっぱりなんですが、僕は村には住んでませんよね』


「しらばっくれるな!」


「全部お前のせいなんだろ!」


「知ってるぞこれまでの悪行を!」


 僕の言葉に非難轟轟。どうやら、まだ何もしていないというのに、彼らには相当嫌われてしまったらしい。


 何かあったのか、はたまた実は何かしてしまったのか。


 記憶にない。なんだ悪行って。風評被害はなはだしい。


 じゃあ、するべき何かをしなかったのか? そんなもの僕には判断できない。


 引っ越しというのは存外かなりの面倒なのだ。次はごめんだ。人の力も借りれそうにないからな。


「いてっ」


 額に痛みが走り、触ってみると軽く出血していた。どうやら、石を投げられたらしい。


 次々にどさどさと近くに石が降ってくる。


「さっさと出て行かないお前が悪いんだよ!」


「これ以上が嫌ならこの村を出ていくことだ!」


「不幸を運ぶあなたに、居場所なんてあるわけないでしょ!」


 僕が困惑していると、とうとう物理的攻勢に出てきた。


 わからないという態度が癇に障ったのだろう。


 ただ、流石にこれは見過ごせない。話し合いで解決するつもりだったなら、なんと言われようと受け流すつもりでいたが、こうも物理的に危害を加えられたのでは、昼間のヤギと同じだ。


 僕も対処しなくちゃいけなくなる。


 僕はそこまで美意識が高いわけじゃあないが、あまり怪我の治療は得意じゃないんだ。それに、余計な魔力を使うことになる。せっかくの研究機会を奪われるのなんてまっぴらごめんだ。


 僕がうつむくと、投石の勢いは少し収まった。


「さあ、出ていく気になったか?」


「いいや」


「そいつは残念だなあ!? うああ! なんだこれ! やめっ、くるな!」


「おい、どうし……ギャアアアア! ツタ! ツタが、何だこれ!」


「おいおいお前らああああああ! 枝! 痛い! 痛いっ!」


 石を投げてきていた男たちが、突然、ツタだ、枝だと騒ぎ出した。


 悲鳴をあげ、恐慌状態に陥っている。それを見る他の村人たちは、何が起きているのか理解できないように固まっていた。


「お主、何をした。これはいったいどういうことじゃ」


 村長らしきおじいさんが僕に対して聞いてきた。


「どうやら、森の精霊、その使いたる僕へと攻撃したのがよくなかったようですね」


「森の精霊……まさか、ラウネ様の使いであると?」


「それはご想像にお任せします。ですが、とにかく彼らは苦しんでいる。これ以上はやめておいた方があなた方にとっても得策でしょう」


「たしかに、その通りじゃ……」


 しばし考えるようにしてから、


「もうやめにするべきじゃ! 彼女はただの旅の者じゃ」


 とおじいさんが声をかけると村人の全員が全員、神妙な面持ちで家へと帰っていった。


 おじいさんも、


「すまなかった」


 と言ってからその後に続いた。


 それでも、しばらく叫び声は止まなかったが、やがて疲れたのか男たちの情けない声は少しずつ小さくなっていった。


 これで一件落着。


 いや、一人だけ、僕より小さな一人の女の子だけは、最後まで興味深そうに僕の姿を見ていた。だがその子も親に手を引かれて帰っていった。


「ちょっとやりすぎたか……?」

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