第7話 姫様からのプレゼント?
「おお。いい小屋じゃん」
言ってみたもののいい小屋なのかはわからない。
見たところ、人が一人で生活するには申し分なさそうだ。というより、少し準備がよすぎるくらいだ。
一人用のはずなのに、小屋が三つも並んでいるというのは異様だ。それに、各種備品が揃いすぎるほど揃っている。
水回りや明かりを確かめた程度だが、魔力があれば生活を送ることに事欠かなさそうだ。
一応、食料と新しい衣服については、都度自分で用意するしかなさそうだが、それでも、当分使い続けられるのではないだろうか。
「保管庫もバッチリ!」
こうなると、流石姫様としか言いようがない。
辞めた人間への配慮をここまでしてくれてしまうのは、やはり、非情さが足りないということで心配になる部分だ。だがそんなこと、辞めた人間が気にすることではないだろう。
引きずってきたヤギたちもこれで余すことなく素材にできる。草の方ももちろん置いておける。
「うわあ!」
とベッドに飛び込みたい気持ちを抑える。
疲れたが、ここまで生活空間である一つ目の建物と保管庫である二つ目の建物しか見ていない。
持って来ていた荷物を無造作に二つ目の建物の中へとぶち込んで、僕は摘んできた草の袋だけ持って三つ目の建物へと入る。
「うん。やっぱり予想通りのものだ。これはバッチリと言うより恐ろしいな」
ここまでやるのかというほどの研究室。
僕は何もオーダーしていないはずなのだが、まるで職場から実験室を持って来たような設備の揃い具合。
森の奥へと移るのだし、多少どころか普通に不便になると思っていた。それに、不便でもいいと思っていたのだが、姫様はどうやら道具が揃わない状況すら許してくれないらしい。
「才能を枯らすことは罪です」とか僕に向かって恥ずかしげもなく言うのだろう。あの人は。
僕は天才側の人間じゃないのに……。
「っと。過去を思い返してる場合じゃないな」
用意されていた広めの机に、ザバーっと雪崩のように草を撒き散らす。
どれもこれも雑草のように生えていた生命力豊かな草なので、テキトーな扱いでも問題はない。
さりとて、今回作りたいのは仮死状態になるほどの精神摩耗魔法からの回復が可能なポーションってところか。
結局ヤギが何匹いたのかわからないけど、一匹治せばそれで効果はわかる。あとは必要なタイミングで魔法を重ねがけでもして順番に治していけばいい。
「今までできなかった一人での自由実験。ポーションポーションー!」
鼻歌混じりに草を選り分ける。
僕が使った魔法的に、最初に見つけた精神操作魔法へのに使えるあの草じゃあダメだろう。
一回くらい試してみてもいいのだが、変な対処をしてしまえば治らなくなるかもしれない。そうなるとヤギが使い物にならなくなるわけで、それは困る。一度勝ってしまうと警戒されるとかなんとか、そういうウワサを聞いたことがあるようなないようなだからな。ストックは大事にしたい。
「あった。これが精神摩耗魔法の治療に必要な草。だったはず」
効果と見た目は概ね覚えているけど品種は忘れた。なんだっけ?
まあ、効果と見た目が分かればいいし、ここはひとまずぐりぐりとすりつぶしてしまおう。
「ここで整理しておくか、精神操作魔法と精神摩耗魔法の違い。精神操作魔法はその名前の通り、精神を操作する魔法。どのような状態にするかは魔法の内容によるけれど、対処法的には操作者との関係を切断すればいい。対して精神摩耗魔法は精神を疲弊させるのに特化した魔法。実際に見たわけじゃないけれど、石を積んで崩す作業をひたすら繰り返すみたいな、意味のわからない行動を永遠にやらされた後、もしくは散々な人間から散々な罵倒の言葉を浴びせられ続けた後のような精神状態へと一気に追い込む魔法。状態としては気絶や憔悴って感じかな。対処法はリラックス。よしっ!」
効果が違えば対処も違うってことで、ポーションにするなら草やら素材も変わってくる。
本当ならもっと色々工夫して効果を高めることもできるけど、草だけあれば基本は事足りる。精神摩耗は操作と違って、どちらかといえばただの薬草を使った治療とも近いから余計にね。
「あ、そだ。容器は?」
すり鉢にすり棒とかいう道具が揃っていたから、さっさと始めてしまったものの、売るなら容器がないと……。
キョロキョロと見れば多くの容器はあったが、当然ながら数は有限。これは、売るにしても入れ物をどこかで仕入れないと……。
ま、そんなことは売る相手が見つかってからでいいか。お金で欲しいものも特にないしな。いや、ご飯か。それも喫緊じゃない。
「さて」
べちゃべちゃになった緑の何かを指ですくって軽く舐める。
効果は、出ない。
僕の場合、基本的に自分の魔法で精神が汚染され尽くしているから単純なポーション、もといその素材じゃあなんの効果も得られない。
「それにしてもまずいな」
食べ物じゃないのだから当たり前だけど、まあいいか。自分が食べるわけでもないし。
ふんふーんと鼻歌を歌いつつ、僕はヤギを封印しておいた二つ目の小屋へと戻る。
動くことのない多数の生きた魔物たちがそこでは横になっていた。
「こいつでいいか」
どれを選んでも同じこと。
僕は、ドンと床にすり鉢を置いてから、人差し指で薬をすくいヤギの口へとぶち込んだ。
サッと引っ込めると反射なのかなんなのか、口に入ったものを確かめるように、ヤギは口をむしゃむしゃと動かしだす。さきほどまでぴくりともしなかったヤギが、まるで草だったものを味わうように口をもごもごさせている。
「メ、エッエエエッエエエエ」
ぎこちのない声を漏らしつつ、ヤギはうつろだった瞳の生気を取り戻し、驚くように僕を凝視した。
すぐに立ちあがろうとするも足はロープで縛られており、体を揺するだけで特に何も起こらなかった。
精神が磨耗して自棄を起こしているということはなさそうだ。何が起きているのか理解して、僕のことを警戒している。
「大成功!」
テキトーにやったけれどなんとかなるものだな。
僕は簡易的ではあるが、成功を祝してご飯を食べることにした。
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