第6話 先に襲ってきたのはそっちだろ?

 草むらを揺らし、カサカサと音を立てる何か。


 バッと姿を現したのは、僕の胸あたりまでの体高をした四足獣。


「なんだ魔物か。人かと思って警戒して損した」


 ほっと胸を撫で下ろしてから、僕は魔力を緩めた。


 緊張していた体がリラックスして自然な状態になる。


 やっぱり無理は良くないな。


 だが、ヤギのような見た目の魔物は一瞬だけ身をすくめたが、それだけだった。


 僕の魔力に当てられても気絶することなく立っていた。


「ほーへー。流石は魔物って感じだな。思ったよりもタフガイみたいだ。オスかはわからないけど」


 とはいえ、相手は三本角のヤギ。ヤギはヤギだ。実力差に怖じ気づいて死んだふりでもするかと思っていたが、そうでもないらしい。


 これは、ここが辺境ということで僕が油断しすぎていたかもしれない。


 そもそも、僕の村が滅んだ理由を思い返せば、ここは全然安全圏だとは言えないのだ。むしろ、危険地帯と言ってもいい。


 そんな冷静な分析、僕のここまでの油断したような警戒心の全くない態度に、ヤギはコフーコフーと息を吹き出した。どうやら、プライドが高いらしいヤギの魔物は、僕の様子に苛立ったらしい。荒々しくその場でひづめを打ち鳴らした。


「完全にやる気ってわけか」


 戦闘職じゃない僕としては、魔物との戦闘もなるだけ避けたかったが、こうもあからさまにターゲットに選ばれたのでは、そんな悠長なことも言ってられない。こうなってしまえばむしろ望むところだ。


 それに魔物は相手なのだ。対人間の時と違って遠慮の必要が一切ない。


「さあて」


 と、魔法を使おうとしてはたと気づく。


 すでに目の前のヤギは役目を終えたとでも言うように、荒々しい態度を収めていた。


 まるで僕のことを値踏みするように、細めた目でじっと僕のことを見つめている。


 雰囲気が変わった。


 場の空気が変わった。


「……!」


 ハッとして周囲を見回すと、どうやら気づかぬうちに僕は取り囲まれていたようだ。数は数える方が馬鹿馬鹿しい感じ。


 魔力感知やら何やらは元からあまり得意じゃなかったが、今は余計に上手く扱えない。TS薬の副作用により、そういった細かな基礎技術も一切合切下手になっている。


 いや、そんな技術的な話じゃないか。


「遭遇はたまたまかと思ったけど、解放した魔力に反応して集まって来たのかな。なるほど、魔力を解放しているとこういうこともあるのか。学習学習」


 魔物や魔族は僕ら人間よりも魔力の総量が多い。


 つまり、ここらに生えている草木と違って、単なる魔力に当てられるということには慣れっこというわけだ。


 そして、多勢に無勢というシチュエーション。感情の乱れも落ち着いてしまった以上、小さな子ども、それも少女を相手に負けるビジョンが見えないってことかな。


「まったく、手に取るように思考がわかるな」


 僕は別に魔物の心が読めるわけじゃないんだが。


「ふふっ」


 それこそ僕は少女のように、まるでいいことでもあった時のように、笑みを、笑いを漏らしてしまった。


 計算づくじゃなかったが、このシチュエーションは絶好のチャンスだ。こんなにいい機会は今後手に入らないかもしれない。


 だって、だってそうじゃないか。


「メエエエエエ」


 まるで本物のヤギのように大きく鳴くと、ヤギたちは僕へ向かって頭を下げ、角を突きつけ突進してきた。


 武器がなければ絶体絶命。僕はあくまで魔法研究者。そこらの魔法使いとは別種の存在。


 だが、残念だ。僕は戦闘職でないだけなのだ。


 こんなにいい対象を目の前にしてみすみす相手を見逃すほど、僕は無能に成り下がるつもりはない。


「まずはそいつか」


 僕が右方向を向くと、ヤギは右方向に横転しブクブクと口から泡を吹き出した。


 それを見たのか、突進しかけていたヤギたちが一斉に動きを止めて、僕から距離を取るように後ずさった。


「おいおい。こんな女の子相手にビビってるのか?」


 僕はニヤニヤ笑いを浮かべながら動かなくなったヤギの元まで歩み寄り、その頭から生えた角を両手で握り掲げるように持ち上げた。


「ほらほら、お仲間がこんなざまをさらしてるってのに、今さら引き下がるってわけでもないんだろう?」


 カチカチとひづめを打ち鳴らす音が聞こえる。


 どうやら苛立つとその動きをするのが癖らしい。


 カチカチカチカチ。威嚇のつもりか。


 だが、あまり乱暴にはしたくない。素材になるだろうし、生け取りにしないのはもったいない。


 もちろん、今持ち上げているヤギだって死んじゃあいない。あくまで気絶。命までは奪わない。


「来ないのか? はあ……」


 これからを考えて、多少戦闘に慣れておきたかったのだが、向こうから来ないのでは仕方がない。


 あえて襲われに行くというのもないではないが、戦闘技術がないのにそんなことをするのは自殺行為だ。そんなことくらい僕でもわかる。


「逃げないだけマシか」


「メエエエエ…………」


 バタリ、バタリ。バタリバタリバタリバタリバタリバタリバタリバタリ。


 何匹いるのかわからないヤギたちが、まるでドミノ倒しでもするように次々とその場に倒れていく。


 初めに僕に突っかかって来たやつが、仲間が倒れるごとに、その顔を白く青くしていくのが目に見えてわかった。


 そして、最後の一匹になった時、僕に背を向け逃げ出した。


「あ、おいっ!」


 僕は思わず手を伸ばしその姿に意識を集中させてしまった。


 ドサリと倒れ、魔物の体の半分ほどが灰のように風で飛ばされた。


「急に逃げるから殺しちゃったじゃないか……。やっぱりコントロールは苦手だな」

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