第5話 森の奥は宝の山

 僕は王都を出た。


 最後はまあ面倒ごとがあったので追われる形となったが、慕ってくれていた人間などプレラ姫くらいのものだったので、そのプレラ姫の考えが読めない以上、僕は人知れず王都を去った。


「さて、この辺まで来ればもういいかな」


 僕はそこで体を締めつけるようにしていた魔力のコントロールを解放した。


「はあああああ。自由だあああああ」


 まるで風が吹くようにそこかしこの木々が揺れ、草が擦れる音がする。


 そして、気力を奪われているように、同時に元気になったように、方々にある植物がそれぞれ面白い反応を見せてくれる。


 その後、しばらくしてから、まるで風が収まったかのように植物たちは動きを止めた。


 とはいえ、これでも人が見えない範囲だけでの解放だ。


「だいぶ楽になったけど、やっぱりこのままじゃ危ないからなあ。旅の疲れが解消するまでの間だけにしておこうかな」


 改めて周囲を確認してから、魔力はそのままにしておく。


 しかし、何日移動したかわからない。


 王都から東方にある森の中までやってきたが、人の見当たらない場所まで移動するために時間がかかりすぎた気がする。


 お金は研究員時代に必要以上にもらっていたので、ここまでの移動は困らなかった。だが、なぜか姫様が根回しをしてくれていたことで、僕はここへと送り込まれた形となった。


 ここは多分故郷の近くだ。もっとも、それは関係ないだろう。故郷はすでに滅んでいる。


 行くとするなら、おそらく北か南に進んでいればいずれたどり着くのではないか。それくらい、貴族にとって田舎と呼びたくなるような場所まで来ていた。


「もっとも、故郷の近くだからって、ここの記憶はないけど」


 記憶だけでなく記録もない。


 田舎というにもおこがましいほど、僕は生まれた場所をすでに持っていない。


 僕はそこまで考えて細く長く息を吐き出した。


「暗くなってどうする」


 そうだ。こんなところに来たのは感傷に浸るためではない。


 ここまでやって来たのは僕の力が誰の迷惑にもならない場所で僕の全力を試すためだ。


「あとは少しのフィールドワーク」


 それに、姫様の準備してくれたものではあるが、自費で買ってしまった小屋の方も確認しておかなくてはならない。


 が、今はひとまずそこまでの道中、この辺の草でも見て回ろう。


 魔法研究局では大抵の薬草やら魔草やらの類は常備してあったものの、希少なものは申請しなければ使わせてもらうことはできなかった。


 これまではほとんど関係がないと思っていたが、しかし、使えるものがあり、自生していて、誰のものでもないというのなら、そんなもの使わない理由はないだろう。


「ポーションにすれば生活費にもなるだろうし。なるか?」


 はてさて、そういうわけで研究員時代ではできなかったフィールドワークを始めると、うん。どうやらここらの草は人の足が入っていないせいなのか、結構な上等の物が見て取れる。


 それこそ、軽い暴走程度で僕が人を傷つけてしまっても、ポーションを渡しておけば自分で治療ができるくらいにはいいものがそろっているようだった。


「これはたしか、精神操作魔法の耐性を得られるはず。こっちのは相手の動きを封じる呪いをかけられたよな。うっそ、破邪の魔草まであるじゃん! あれ、これ本当にすごくないか?」


 わあ、わあ! と、僕は草を見ていちいち喜びの声を上げてしまっていた。まるで、植物を愛でる少女のような絵面かもしれないが、これは決して花冠でも作りたくて草をいじっているわけではない。草をむしっているわけでもない。


 当然食べるつもりもない。ない、はずだ。食べないと思う。食べないよ。食べないとも。


 純粋に知的好奇心。買おうと思えばウン万、ウン十万かかるような草がそこかしこに生えているのだ。


 興奮しない方が嘘だろう。


「なんだよこれ。宝の山じゃないか!」


 それに、今後必要だからやっているのだ。


 もちろん、必要だから服装もそれ相応に防御力の高いものだ。外で動くための装備。姫様に色々と渡された衣服もあるが、それとは別の採集時に使えるような上下長袖長ズボンだ。やたら衣服を押しつけられたので、今の格好は色々と言われそうだが、いない人間のことを気にしても仕方がない。


 ただ、それにしても、思ったよりも量が多い。道中に採集を行うため用意しておいた袋では足りないくらいの草がそこらじゅうに生えていた。


 これ、採集してるだけで億万長者になれるんじゃないか?


「いや、それにしたってこんなに生えているものか?」


 このあたりに自生しているという話は聞いていたし、機会さえあれば行きたいなとは思っていた。


 思っていただけで、今日まで実行していたなかったのだから、まあ機会なんて作らなかったのだけど、それはそれとしても、こんなに生えているとなると流石にちょっと引け目を感じる。


 人の手が入っていないとはいえ、誰かが育てている可能性。


 人でなくとも魔族や魔物の類。それだってあり得ない話じゃないだろう。


「前線で戦った経験なんてないから全然知らないけど、どうなんだろう。イメージはないけど……」


 ただ、イメージで語っても仕方がない。知らないことは知らない。知ってる範囲でも判断できない。


 となると……。


「ま、いいや。採れるだけ採って実験に使っちゃえ」


 僕は考えるのを辞めた。


 考えても仕方がない可能性は考えるだけ無駄だ。


 哲学は嫌いじゃないが、これはそういう話じゃない。


 それに、もし仮に誰かいたとしても、僕と違って草の使い道がわからなければただの草だ。そんな人たちにとってはよほど今日や明日のご飯の方が気がかりだろう。


 王都と違ってこんな場所。お金を払えば人が料理を提供してくれるということもなさそうだし。


「ふぅ! 採った採った。大豊作だ。でもなあ。実験対象がないと実験もできないんだよなぁ」


 ひとしきり採り尽くしたところで僕は冷静に戻ってしまった。


 かなり能力の制限をしていたとはいえ、ほとんどの場合人間を対象にするわけで、自分を対象にするわけじゃない。


 そもそも、僕に対しては呪いを解くのも呪いをかけるのも自分でやらなきゃ効力がない。


 ポーションを使っても、水か何かとそう大差がないってわけだ。


 かといって、肉体を治す、男に戻すってのは現実的ではないだろうし、面倒臭いからあまり興味も湧いていない。そんな時間があるのなら、魔法の研鑽にでも励んでいた方がいい。


 やはり、被検体の存在はありがたかったのか……。


 うんうん悩んでいたところに、カサカサッと物音がして僕はすぐさまその場に構え、魔力を一気に引き締めた。

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