第4話 同僚への報復
辞表はどうやら受理されたらしい。
しかし、急に人が変わったみたいに送り出されたのはちょっと不安だ。いや、かなり不安だ。いったい、プレラ姫の中でどのような心境の変化があったのだろう。
「ま、考えても仕方ない、な」
どうせ、抱えていた厄介ごとが一つ解決したという程度のことだろう。
なにせ僕はこうしてここにいるだけでも爆弾のようなものなのだ。それは、男の時とて変わりはない。僕がどこまで離れていれば能力の完全な範囲外に出られるか、王都を危険にさらさずに済むかということは常々心配していたのだろう。
なんてニヒルに笑っていると、
「うわっ」
「おっとっと。こりゃ悪い」
どうやら部屋の外でずっと待っていたらしいドロドバくんにわざとらしく肩をぶつけられたようだ。
彼のことなど思考からも視界からも完全に消えていたので、存在ごとすっかり忘れていたが、そういえば入る前に一言声をかけられていた。
不意打ちなのと軽くなった肉体のせいで僕はその場に尻餅をつく形となった。
見上げた先にいたドロドバくんは僕のことを見下ろすように、いや見下すように冷えた視線を向けてきていた。
当然、彼が手を伸ばしてくれるはずもなく、また、その背後に立つ三人も同じことで、僕は気にせず白衣を払いながら立ち上がった。四人もいてひどい人たちだ。
「何か用かな? 察しはついてるだろうけど、僕はここを辞めることになった。話をしても仕方がないと思うよ」
「そんなことはないさ。辞めるんだろ? ならもう会えないってことじゃないか」
別れを惜しむようなことを言っているもののそんな彼の顔に悲しさは微塵も見えない。
「いつも見下されてたからな。今はとってもいい気分なんだよ。こうして見下せるのも昨日今日と二日だけってのが惜しいくらいだ。それだけ伝えようと思ってな。とうへんぼくがいなくなったって、清々してるぜ」
「そっか。きみより僕は背が高かったのか。見下してるつもりはなかったけど、ごめんよ。配慮が足りていなかった」
これまでの威圧的な態度、行動に納得がいかなかったが、なるほど、と理解できた。
「ああ? どうして態度は上からなんだよ。ガキが、いつにも増してイライラさせるな!」
「そんなつもりはないけどね。あ、そうそう」
別れと言うのなら、ここで話しておくべきことはまだあった。
「僕に対して使ったポーションだけど、あれ粗悪品だよ。盗んだってのは嘘なんだろう? 純粋に性別を変えるってだけの物はやっぱり持って来れなかったんだ。魔力や精神にも影響が出るって時点でかなりの粗悪品だよ。これは、実験結果として記録しておいた方が」
「黙れよ!」
まるで目でも引っかくように腕を横になぎ払ったドロドバくんの攻撃を僕は上半身をそらして回避する。
「そんな見た目になっておいて、今さら説教垂れる気か? いい加減にしろ、迷惑なんだよ!」
「初めから説教をしているつもりはないけど、期待されてるなら仕方ない」
僕はこほんと咳払いしてからドロドバくんの目をまっすぐ見た。
「まず、忘れてもらっては困るんだけど、僕に精神系の異常を与えようとしても無力だよ。おそらくだけど、肉体に合わせて弱らせようと企んでいたんじゃないかな」
「黙れ」
「でも、それは失敗に終わった。多分、期待するような弱々しい女の子にはなれてないよね? それと、魔力のコントロールかな。肉体変化だけにとどまっていないのはやっぱり不良品としか言えない。これは市販できないよ。デメリットが大きすぎる」
「黙れって言葉が聞こえないのか」
「ただ、肉体の変化だけを見れば誰にだって効くだろうね。一発目じゃ当然抵抗がないんだから。そういう意味で、デメリットを度外視するならアリだよ? もちろん、量産できればだけど」
「うるさい!」
僕が言い終わると、ドロドバくんは怒鳴るようにしてから僕をにらみつけてきた。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい! 黙れよ! 黙れって言ってるんだよ。言葉が通じないのかお前は。はっ! 虚勢か? そんなちっぽけな体になってさぞ不安なんだろうな。お気の毒に。だが、偽物って証拠はどこにあるんだよ」
顔を赤くして早口で捲し立てるように言うドロドバくん。
それでもニヤニヤ笑いは消そうとはしない。本当に身長がコンプレックスだったのだろう。かわいそうに。
ただ、証拠を求められたら提出しないわけにはいかないか。
「それじゃあ指摘させてもらおうかな。簡単な話だよ。僕ら平研究員がアクセスできるはずがないから。それだけの理由で十分だろう?」
「テメェ!」
わかりきっていたことのはずだが、僕の言った理由が癪に障ったのか、ドロドバくんは拳を振り上げた。それに合わせて、今までただ黙り込んでいただけの三人もニヤリと笑ったのが見える。
なるほど、最終的には肉体の差を利用した暴力に訴えかけてくるのか。
冷えた頭で分析しているが、何も全然ピンチじゃない。
決してその拳が僕に届くことはなかったのだから。
彼は、ドロドバくんは何もないところで体勢を崩すと壁に顔面から激突した。
バタン! と大きな音が廊下中に響く。
「ど、ドロドバくん!?」
「大丈夫なの?」
「おい、しっかりしろ!」
突然の奇行に驚きつつも三人は駆け寄ろうとしたが、すぐにその動きを止めた。
「う、うぇ……。おええええ、はあ、はあ……」
その場に倒れ込んだドロドバくんが嘔吐を繰り返したからだ。
「お、お前えええ、嘘つきやがってぇええええ」
恨むように見上げてくるドロドバくんに今度は僕から冷たい視線を送ってあげる。上から見下すように。
「先に手を挙げたのはきみだからね。被害を受ける前に手を打たせてもらった。これくらいでいいのならコントロールはすでにできている」
「クソが、う、うえええ」
「しばらくは安静にした方がいいよ。言ったろ? 精神系魔法で僕に対して効果はないって。ポーションを使っても効果が跳ね返ったんだろうさ。いや、僕がやったのかな? どっちだろうね」
僕はそこで三人の方を向くと、三人はどきりとしたように顔を青ざめさせた。
「きみたちも危ないかよも? 僕としては何か起きる前に早めに医務室へ行くことをおすすめする。コントロール自体は研究者時代より下がってるんだからさ」
「い、医務室に行きましょ」
「そ、そだねーこんなに吐くのはあえりえないんですけど、そそくさー」
「背に腹は代えられん」
「ま、待ってくれ。俺を連れて、うええええ」
体調不良に耐えられなくなったのか、そこでドロドバくんは動かなくなってしまった。
涙も汗も出しまくりだから、床がビショビショのぐしょぐしょになっている。そんなところでピクピクしているドロドバくんを見て、流石に僕もちょっと引く。
「こんなもんかけようとしてたのかよ……」
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