第3話 引き止め
TS少女となった僕は、黙って勝手に現職を辞めようとしたのだが、そうもいかなくなってしまった。
姫様に直々に呼び出されてしまったのだ。なので、勝手に出ていくわけにもいかなくなった。
姫様、魔法研究局局長でありメルデリア王国第四王女たるプレラ・フィアーレ・メルデリア姫は、魔法研究局平研究員である僕の上司ということになっている。
ただ、局長と平の研究員では、あまり接点は持つべきではないだろう。天の上の存在であるべきだ。
「それなのに、呼び出しか……」
嫌ではない。ただ、独り言が増えるくらいには困惑している。
僕が一方的に尊敬している女性で、年下ながら飛び級で大学を合格している才女。
魔法に関して、彼女の右に出る者はいないと言われるほどの逸材でありながら、その実力を魔法使いとしてではなく研究者として遺憾なく発揮している人物である。
そんな人物からの呼び出しだ。緊張しないわけがない。
たしかに、ドロドバくんから言われているように、僕は彼女と面識がある。とはいえそんなことは関係ない。僕と彼女はあくまで局長と平研究員でしかないのだ。
「気乗りしないなあ」
実際、ドロドバくんの気持ちもわからないでもない。プレラ姫の僕に対する扱いは、それこそえこひいき、特別扱いの様な気がしないでもない。実力以上に買われている、そんな気がしている。
だが、だからといって、当然ながら僕が姫様の呼び出しを無視するわけにはいかない。
結局、どんな思考も虚しく、僕はおとなしく姫様の部屋である魔法研究局局長室を目指していた。
うわさが広まったということなのだろう、と肩を落とす。
「とうとうクビの宣告だろうなぁ」
ククッと笑い声をこぼしながらニヤニヤ笑いを浮かべているドロドバくんの横を通り過ぎて、僕は局長室の扉をノックした。
「どうぞ」
と声がする。
僕は、
「失礼します」
と言ってから扉を開けて部屋に入った。
部屋に入るなり美しい金髪が視界に飛び込んでくる。サッと視界から出すように扉を丁寧に閉めるもそんなことは意味をなさない。同じ部屋にいるだけで圧倒的な存在感。
先ほどまで仕事をしていたのか机に向かっており、今は顔を上げて僕の方を見ていた。
今までよりも幾分僕の目線が下がっているものの姫様の方にお変わりはない。そのため、いつもより低い位置から彼女の視線を受けることになり、僕は僕を見つめる碧眼から反射的に目をそらしてしまった。
こんな姿で出向きたくはなかった。
まるで人形の様に美しい姫様とは元から及ぶべくもない容姿だが、できることなら今の情けない姿を見せずに出ていきたかった。
「うわさは本当の様ですね」
「……はい」
少しうわずったような、珍しく動揺したらしいプレラ姫の声に僕は素直にうなずいた。
しばし沈黙。
お互いどう話し出せばいいかわからない状況だった。
だからこそ、このままではいけないと思い、僕は姫様にずいっと歩み寄り、持ってきた辞表を提出した。
「こ、これは、どういうことですか!」
管理者としてあるまじき、ワナワナと手を動かしつつ震える声でプレラ姫は聞いてきた。
演技だろう。
そう、彼女はもとより感情表現の豊かなお方ではあるが、それでも僕ごときが辞めたところで大したことではない。そんな軟弱な精神をお持ちのお方ではない。だからこその気配り。僕への配慮。
「プレラ姫もご存知の通り。いえ、見ての通り、私は姿形が変わっております。この様な姿になってしまった以上、この魔法研究局に迷惑をかけるわけにはいきません」
僕は自分の姿を示しつつ姫様に言った。
そんな、と声を漏らす姫様に僕は続ける。
「使われた薬の影響です。魔力のコントロールが激烈に下手になっているのですよ。姫様からの呼び出しもあり、大慌てで練習し、一時的ではありますがなんとか抑えられています。ですが、これも継続できるかどうかはわかりません。肉体の変化はまだ全容を把握できていませんから」
「そう、ですか……」
姫様は視線を落としつつ、机の上でさまよわせた。
何を考えているのだろうか。それは、僕に先手を打たれたことだろうか、それとも。
「ひとこと宜しいですか?」
「もちろんです」
「ここでは姫様はやめてくださいと言ったはずです」
「すみません。ですが、これから辞める者としてそのような敬意を欠く様な真似はできません」
「え……」
なぜかこの発言が一番ショックとでもいうように、姫様は一瞬だけ固まると、あからさま悲しそうにして、肩を落としうつむいてしまった。
「い、いえ。姫様のことをぞんざいに扱おうという気はありません。ですが、私にとって、姫様とはプレラ姫のことでして」
「あなたなしで」
みにくい弁明をする僕の言葉に被せるように、姫様は言う。
「あなたなしで、どうこの組織を切り盛りしろと言うのですか?」
「私がいなくても問題ないのでは?」
「そんなことありません。確かに、あなたは貴族の出ではない。そのことに対して反感を持つものが一部にいたようです。今回の犯行もそのような方々の愚行、そうでしょう?」
どうやら調べがついているらしい。
僕が無言で返すと、やれやれといった感じで姫様は息を吐いた。
「しかし、だからといって、あなたの存在は決してマイナスではなかった。わたくしはそのように認識しています。あなたの存在が彼らにとっても刺激になっていたはずです。だからこそ、あなたが在籍していた間は今まで以上に素晴らしい研究成果を発表してこられたのです。なのに、こんなことで、ライト様が被害者なのに、こともあろうかライト様が自ら職を辞するようなことが、決してあってはいけない、いけないはずなのです……」
涙まじりに、最後はまるで懇願するように姫様は細々と言葉を漏らした。
感情豊かとはいえ、ここまで感極まった様子の姫様は初めて見た。
ただやはり、感情的になりすぎている。彼女は非情に徹しきれていない。
彼女は僕がただの平研究員ということを忘れている。
「姫様のおっしゃる通り、そのような部分もあると思います」
「でしたら」
「ですが」
パッと嬉しそうに顔を上げた姫様の言葉を、今度は僕が遮って続ける。
「確かにそうかもしれませんが、姫様ほどのお方なら、この肉体の状態、そして、私の魔法の性質上、姫様のご厚意に甘え、この場に居残り続けることの愚を、そうすべきでないことはよくご理解されていらっしゃるでしょう。精神系魔法という大きなくくりは、何も研究だけじゃないのですから……」
「それは……」
精神の治療だけじゃない。僕はそちらの方が得意だが、それはあくまで一側面でしかない。一面でしかない。だからこそ、当然裏があるわけだ。醜くドス黒い。人に見せられないような裏が。
否定できようもない事実に姫様でさえ口ごもった。
悔しそうにくちびるを噛み締め、そのまま黙り込んでしまった。
ここまで言えば、僕も嫌われただろうか。
いや、それでいい。きっと今生の別れだ。それくらいしなくては悔いが残ってしまう。
「大丈夫ですよ。辺境で初心に帰り、魔法の鍛錬でもしますよ。誰もいない森の奥でね」
そんな僕の言葉を聞くと、なぜか姫様は表情を緩めた。
満面の笑みを浮かべ、
「それはいいですね!」
と言って僕のことを送り出してくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます