彷徨-①

早朝の静けさの中、私は家を後にした。

足早に育ったレヴィリス村を抜け出し、未知へと足を踏み入れる。

私の心は希望と不安が交錯していたが、家を出る前よりも軽くなっていた。


生きるとはなんだろうか。

メア・クロード計画により、すべての生物は老いも病もなく、永遠に生きることができる。

それによりラグナロクは安寧を手に入れた。

それと引き換えに何か大切なものを失ってしまったのではないか。


「……確か、トルス町へ向かうにはこの森を抜ければいいんだっけ」

「そだよー。

一部の区画で妨害魔法が張られているから、私がCCS(Central Conecting System)に接続できなくなったときはオフラインマップで頑張ってねーん♡」

「CCS、って何?」

「中央通信システムの略称だよ。

システムって名がついてるけど、中身はプリエーニクが厄災前から保管していた情報保管庫みたいなものかな。

昔と今を繋げて自己進化を繰り返す生きる図書館……どう?すごくない?」

「どうって……正式名称知ってふーん……って感じ。

私達はバイブルって呼んでるよ」

「へっ?そうなの?」

「うん」


管理(Management)AI搭載空間投影式端末――通称マイちゃん。

搭載されたAIは持ち主に合わせて1から作成される……らしい。

私のパートナーとなり得るAIは破天荒に作られたらしく、良く言えば明るく、悪く言えば騒がしい。

道に迷いやすい私にとパパが持たせてくれたマイちゃんと会話をしながら、私は森に目を向けた。

森の入り口に立った私は、その静寂と広がる緑に圧倒される。

太陽の光が木々の間から差し込み、地面には柔らかい苔が広がっている。

不思議な静けさの中で、私の心はざわめいていた。


「町に向かうには……」


独り言をつぶやきながら森の奥へと足を進めた。

木々は高くそびえ、枝葉が空を覆っている。

遠くから鳥のさえずりが聞こえ、風が木々を揺らす音が耳に心地よかったが、その反面、何か不気味なものを感じた。

しばらく歩き、私はようやくその不気味さの正体を知ることになる。


「マイちゃん……ここ周辺をスキャンして!」

「はいはい了解……ナギちゃん怖いの?」

「……ちが……うの」

「違うって……どう見ても怖がってるじゃないですかー。

ただの森ごときにそんな怖がらなくても……」

「この森……の……!!!!」

「……へっ?」


私はマイちゃんそっちのけで、解析結果に意識を集中させていた。

通常ではありえない、DNAへの反応が、そこには示されていたからだ。

この国では、私達のDNAは中央都市フリティラリアにあるラグナロク(Ragnarok)情報(Information)保護(Conservation)機関(Institution)――通称RICIリーチに保管され、ホログラフで肉体を構築している。

DNA本体に反応を示すことは、タンパク質で構築された肉体を持つことを意味するのだ。

有限の命を持つ生物が存在する――そんな事実を目の当たりにし衝撃を受ける。

だからこそ、私の数メートル背後で交わされた会話にも気が付かなかった。


――なぁに、あれ?

――おもしろそう!…ャ……トに持っていこうよ!

――そうしよう!そうしよう!


突然、私の視界に小さな影が飛び込んできた。

それは見たこともない生物で、羽の生えた小さな人間――絵本で読んだ妖精フェアリーのようだった。

彼女たちは興味津々といった様子で私の周りを飛び回り、笑い声を上げている。

そのうちの一匹が、マイちゃんを奪い取った。


「ナ、ナギちゃーーーん!!!!」

「ま、待って!!マイちゃんを返して!!」


私は叫びながら彼らを追いかける。

妖精は素早く飛び回り、木々の間を縫うように逃げていく。

私は必死に後を追いかけたけれども、次第に森の奥深くへと迷い込んでしまった。

道がわからなくなり、周囲の景色はどこも同じように見える。

心臓の鼓動が早まり、額には冷や汗が浮かんだ。


「どうしよう……マイちゃん取られちゃったし……」


足元の小石を蹴りながら、私は立ち止まった。

その時、私の耳に優しい声が届いた。


「お嬢さん、こんなところでどうしたのかい……?」

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