少女は心を知る

始動

息をするのが難しい、と感じたのはいつからだったのだろう。


ラグナロクに生まれたことは名誉だとある人は言った。

災害や戦争に苦しむこともなく、病気や怪我に怯えることもない。

規則正しい生活を送り、安寧を享受する。

これが生命を全うすることだと教えられ、育てられてきた。

けれども、私には理解できなかった。


りんごは赤くて丸い。

甘くて、少し酸っぱくてみずみずしい。

それなのに皆は口を揃えて「りんごはりんごだ」と言う。それ以上でもそれ以下でもない、と。

思うことは何もない。

自分自身が満たされているから、自分以外に関心を抱くこともない。


私はメア・クロード計画で永遠の一部になった。

だから肉体は存在しない。

仕事をして、食事をとり、余った時間を読書で消費し眠りにつく。

どこにでもいるラグナロク国民だ。

だというのに、心は常に落ち着かなくて、頭は考え事だらけでうるさい。

この身体は眠らなくても疲れないし、壊れないから正常に動けているだけ。

そんな私を見て、遺伝子提供者パパとママは出来損ないと罵り、気味悪がった。

涙は出なかった。

ただ、ズキズキと心が痛んだ感覚だけは今でも鮮明に思い出せる。


ラグナロクでは個体発生から16年経過すると成人として認められる。

成人により、国の国民基本管理リストの状態が庇護から巣立ちに変更され、居住地の変更や遺伝子交配などが自由に行えるようになる。

普通の人ならば通過点でしかない成人への昇格。

一刻も早く居心地の悪い場所から抜け出したかった私は、それを心から待ち望んだ。


――国民登録番号564-1、ナギ=セヴンズブラム。

――国家元首プリエーニクから成人通知が届いています。


やっと、この時が来た。

ようやく、私は私が望む道へと進んでいける。


「ようやく16になったのね、ナギ」

「ナギ、おめでとう。これで君も成人だ」

「……ありがとう、ママ、パパ」

「……えっと……もう行ってしまうのね?」

「うん……決めてたことだから」

「私達はナギを否定しない。

準備ができたら行きなさい」

「ここまで、かなり迷惑をかけたね。

でも二人がここまで面倒を見てくれたから、私は16まで何事もなく育っていけた。ありがとう、行ってきます」


成人になったら旅に出る。

そんな漠然とした道を、二人は否定も肯定もしなかった。


時を重ねるごとに、私の考え事は大きくなっていった。

そして半年前、ようやく一つの疑問が原動力であることを知った。

――なぜ、人は生きるのだろうか。

私は一生をかけてそれを知ろうと決意した。


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