後編 君と見る景色

「はい、じゃあ今日は作文の観賞ですね。各自作文を机の上に置いて、自由に移動して読んでください」


当然といえば当然なのだが、生徒は皆自分の友達の作文しか読まない。




「綾乃のやつ読んでいい?」


優花が近づいてきた。




「いいよ。私は優花のやつ全部読んじゃってるからなぁ・・」


「なんなら綾乃が八割書いてるからね。私のやつ」


「困ったもんだよ・・ほんとに」


「明くんのは結局読んだ?」


「うん、昨日の放課後にちゃんと」


「どうだったん?」


「結論から言う。私の恋は実らなかった」


「あ、え? 告ったの?」


「違う。好きな人が居るらしいの。で、私はそっちを応援したいなって・・」


「まぁ、綾乃がそれでいいならハッピーエンドじゃない?」


「勝手に終わらせないでよ。まだエンドじゃないよ」


「ごめんごめん」


またしても平謝りである。


もう慣れっこなんだけどさ。




「綾乃さんの作文読んでいい?」


最近、明くんが話しかけてくれることが増えた。




「ん、いいよ。大したこと書いてないけど」


「わたしゃ好きだけどね、綾乃の作文」


完全に格上の言い方だ。私がほとんど優花のやつ書いたのに。




明くんは無言で読み進めていた。




「なんか・・温かいね、綾乃さんの書く文章は」


「え、そうかな・・?」


私のは『小さなしあわせ』という作文だ。


あまり目立たないけれど、『よーく考えると、こういうのも幸せだよなぁ』と感じた事柄について私なりに書いた。自信はない。明くんに読まれるとなると尚更だ。




「はい、ではみなさん席に戻ってくださいね」


克巳先生は声が通らないので、皆が座るまでにはかなりの時間がかかった。




「作文は成績に入りますが、大切なのは長さではなく内容です。引き伸ばしただけで内容のないような作文はあまり高く評価されませんのでね」


内容のな・い・よ・う・な・・・・やめとこう。あまりにもくだらない。




「ありがとうございましたー」




無事、国語の授業が終わった。


はぁ、なんか一つ山を乗り越えたような気分だけど・・別にそんなことはないんだよなぁ。


本番は夏休み。明くんの恋の行方を追いたい。




「明くん、ライン交換しない?」


「うん、いいよー」


二つ返事過ぎる。今まで緊張してた私が馬鹿らしくなってきた。




「えーっとでもどうすればいいんだろ」


「優花とライン繋げてる?」


「うん、クラスライン経由で」


「あの今は亡きクラスラインか・・」


「そうそう」


半笑いで言った。




「じゃあ優花に頼んどく!」


「はーい」




      *




 夏休みになり一週間、僕は今日、彼女のもとへ会いに行く。


約一ヶ月ぶりか・・想像したくない未来だけど、会えるのは今回が最後かもしれないし・・頑張って気持ちを伝えよう。




綾乃さんからメッセージが届いた。




「明くんなら大丈夫、遠くから応援してるからね」


「ありがとう」




「そろそろ着くぞー」


運転中のお父さんが言った。




「ありがと」


「父さんは駐車場で待ってたほうが良いか?」


「うん、忘れ物もないし大丈夫」


「そうか」




僕は彼女の病室へ向かった。




「久しぶり」


「あきら・・」


前に会った時ほどの元気はなく、かなり弱っている様子だった。




「最近いろいろあってさ、話すことたくさんだよ」


「ほんとに? 聞かせて聞かせて」


学校であった作文のこと、初めて女子の友達ができたことを話した。




「そっか、学校生活、楽しんでるね」


「うん、悠衣ゆいも来れるようになるといいな・・」


「そうだね・・」


「最近、調子はどう?」


「うーん、正直どんどん悪くなってるらしい・・」


「そっか・・」


言葉が出ない。




「僕さ、悠衣にずっと言いたかったことがあるんだ」


「急にどしたの」


「僕さ・・悠衣のことが好きなんだ。遠く離れてても、月に一度しか会えなくても、大好きだ。だから僕と・・付き合ってください」




少し沈黙が流れた。




「言うの遅いっつーの」


僕の肩に弱々しいパンチをしてきた。




「私もずっと好きで・・君が告白してくれるの待ってたんだよ? ずっと病院にいる私が告白するのは、明くんの青春を邪魔しちゃうかなと思ってさぁ・・」


悠衣は泣きながら言った。




「悠衣、病気が良くなったら絶対、色んな場所へ行こう。色んな景色を見よう。僕が文字で伝えてきた景色を、今度は一緒に目に映すんだ」


「うん、絶対、治してみせるから・・」


僕は悠衣の手を固く固く握った。




「あと、悠衣に会わせたい人もいるんだ」


「誰?」


「さっき話した、綾乃って人」


「どんな人なの?」


「僕に、告白する勇気をくれた人」


「キューピッドってわけだ」


悠衣がニヤけて言った。




「まあそうだね・・あ、もうそろそろ時間だ」


「じゃあね、また絶対会おうね。それでいつか、一緒に夜桜見に行こう」


「ほんと好きだね、夜桜」


「うん、まだ文字でしか見たことないんだけど・・大好き」


「悠衣なら絶っっっ対に見れるから、また今度ね」


「うん、明とたくさん出かけて、たくさん喋りたい。そのためなら病気にだって負けないよ」


「ありがとう、じゃあ・・またね」


「うん、ばいばい」




車に戻ると、父は居眠りをしていた。




「父さん、戻ってきたよ」


「お、おう・・帰るか・・」


「うん」


眠気覚ましでガムを噛みながら、父は運転を始めた。




「どうだった?」


十分前に、綾乃からメッセージが来ていた。




「成功したよ」


「よかった・・!!!! 二人で出かけられるように、二人とも頑張って!!」


「ありがとう」


 


      *




「・・綾乃、失恋したのか?」


夕食中に父が聞いてきた。




「父さん、聞き方をもう少し・・」


いつも通りお母さんが怪訝そうな顔をする。




「うん、失恋した。でも大丈夫。自分が付き合うよりも・・幸せなものが見れた」


「・・大人になったな、綾乃」


「なにその言い方」




 部屋に戻り、私は優花に電話をかけた。




「聞いてよ優花!!」


「テンション上がってんね・・どしたの?」


「明くんの件なんだけどさ・・」


明くんから聞いたすべてを話すと、電話の向こうからすすり泣きが聞こえてきた。




「えっ? 泣いてる?」


「そんないい話聞いたら泣いちゃうよ・・」


「でも、まだ終わりじゃない。私は彼女の病状が良くなって、二人で外に出かけられるようになるまで見届けたい」


「うん、私も!!! うわああああん」


優花が泣きすぎなので電話を切った。




 夏休みが終わり、始業式がやってきた。


教室に入ってきた明くんの表情は前よりも明るい。




「明くん、最近どう?」


「僕が一番驚いてるんだけど・・どんどん病状が良くなってきてるらしいんだ」


「ほんとに!?」


「ほんと」




ほら、言ったでしょ?明くんは救世主なんだって。




「僕と付き合って、出かけるって約束をしたから・・ってのは自意識過剰かもしれないけど、そうだといいなって思ってる」


「絶対そうだよ! 純粋な恋心とかってさ、理屈じゃ説明できない力を持ってると思うの。私」


「最近はリハビリで歩く練習とかもしてるみたい」


「めっちゃいい感じじゃん!!」




「盛り上がり過ぎじゃない? 綾乃」


優花が水を差してきた。




「だってさ・・」


病状が良くなってることを教えた。




「これこそが恋愛のパワーだね」


優花が適当なまとめをした。




「この調子だと、二人で外出できる日もそう遠くないんじゃない?」


「そうかも」




「・・でもさ、私から一つお願いがあって・・本当に身勝手で申し訳ないんだけど」


「どうしたの?」


「あのー・・二人で出かけられるようになっても、ツイッター・・続けてほしいなって・・私、本当に明くんの書く文章が好きなんだ」


本当に身勝手だ。


でも、もっと読みたい。まだまだ読み足りない。




「僕、もう数十万字書いてるんだけどな・・」


「まだまだ読み足りないよ!! 百万字は必要!!」


「わかったわかった・・元々続ける気だったし、これからも読んでね」


「ありがとう」




「よかったじゃん、綾乃」


「うん」




「また悠衣さんの件で進展があったら教えてね」


「もちろん」




 11月、すっかり校庭に生えた樹木の葉は枯れ落ち、マフラーがあると丁度いい程の気温になってきた。




そして、教室へ入るとなんだかざわざわしていた。




「なんでざわついてんの?」


優花が男子の群れに聞いた。


そのメンタルの強さ、見習いたい。




「机が一つ増えてるんだよ!! これ転校生来たんじゃね!?!?」


男子の盛り上がりにはついていけない。




「マジで言ってんの!? 激アツじゃん!?!?!」


優花も男子に勝るとも劣らない盛り上がりを見せていた。




「転校生くるらしいね」


「ね」


明くんは今日も穏やかである。




「そういえば、最近悠衣さんは元気そう?」


「いや、面会もままならないくらい悪い状態らしい・・」


「そうだったんだ・・」


「うん。でも僕は信じて待つことしかできないから・・」


「きっと大丈夫だよ、明くんとの約束、忘れてないはずだから」


「ありがとう」




 担任が教室に入ってきた。




「よーし朝の会始めるぞー」


担任は坊主で強面の安村先生だ。


見た目のインパクトはかなりのものだが、実は生徒思いのいい人である。




「まず諸連絡だな・・」


いつも通りの朝の会が終わった。




「それで、今日はもう一つ大事なことがある。まぁ薄々感づいてると思うが、このクラスに転校生がくる」


安村が一度教室を離れ、一人の生徒とともに戻ってきた。




「今日から2-1で一緒に過ごす『渡辺 ゆい』さんだ」


「よろしくお願いします」


ゆい。




「ちなみに漢字は、これだ」


安村が黒板にゆいさんの名前を書いた。




「ちょっと待って?」


「どしたの」


優花が椅子を近づけてきた。




「あの悠衣って字・・明くんの彼女と同じなんだけど」


「そんな・・偶然に決まってるでしょ」


 


二人で明くんの方を見ると、明らかに様子が違った。




そして悠衣さんは、なにも言わずに明くんの方を見て




「嘘でしょ・・?」


私と優花は目を見合わせた。




      *




一時間目が終わったあとの休み時間、僕はすぐに悠衣の席に向かった。


半ばパニック状態で、何から聞けばいいのかわからないけど・・・・




「・・悠衣だよね?」


「うん!」


「病状が悪くなったって・・」


「ふふん、サプライズだよ」


「サプライズ??」


「ほんとはどんどん回復してたんだけど、学校に復帰するタイミングで知ってもらいたいなと思ってさ、家族にも協力してもらってたんだ」


「そうだったの・・?」


「どう、びっくりしたでしょ?」


「したよそりゃあ・・もう元気なの?」


「超元気!!」


「よかった・・」




感情がぐちゃぐちゃで、涙だけが止まらなかった。




「ちょっと、泣かないでよ。喜んでほしかったのに」


「喜びというよりなんか・・ほっとしたんだ」


「へへ、これで一緒に出かけられるね」


小学生のときと変わらない笑顔だ。




「そうだね」




      *




「あのー・・邪魔してごめん、明くん、この人って・・」


「あ、ほら悠衣、会わせたかった人が居るって言ったでしょ?」


悠衣さんが頷いた。




「え、そうなの?」


「僕に告白する勇気をくれたんだ。綾乃さんが」


「そんな私のおかげみたいな言い方やめてよ」


「会いたかった!!!」


悠衣さんが私の手を握ってきた。




「ほんとに悠衣さんだったんだ・・もう元気なの?」


「そう。せっかく学校に復帰するならサプライズしたいなと思って・・しばらく病状が悪くて会えないって嘘ついてたの!」


「つまり・・退院済み?」


優花が躊躇なく聞いた。




「うん、定期検診はまだまだあるけどね~」


「よかっっっっっっっったぁ・・」


優花は本当に嬉しそうにしていた。




「綾乃ちゃん、本当にありがとう。この現状があるのはほとんど綾乃ちゃんのおかげだと思うし・・感謝してもしきれないよ・・」


悠衣さん、いい人すぎる。




「ううん、むしろ私の方がありがとうって感じだよ。こんな素晴らしい瞬間を一緒に迎えられるなんて・・」


「ほんとそうだね・・」


また優花はすすり泣きしている。




「ていうか、転校でこのクラスになるってすごい偶然だね」


「実は、先生に相談してたんだ。親と一緒に面談をしたときに・・病院にいつも来てくれてた人が居るから、このクラスにしてほしいって」


「そうだったの?」


明くんが目を丸くする。




「うん、ずっと病院にいたこともあって特別にこのクラスにしてくれたの」


「さっすが安村だな」


優花が白い歯を見せて笑った。




「安村先生にもお礼しなきゃ」


明くんが言った。




「だね」


「それで、二人でお出かけはするの?」


ナイスだ優花!




「悠衣・・今週の土日、空いてる?」


「土曜日は検診があるけど、日曜は空いてるよ!」


「よかったら・・一緒に公園行かない?」


「行く行く!! 絶対行く!!」




「私たちはこの辺でお暇しよっか」


優花に耳打ちした。




「そだね」




      *




 日曜日の朝、家のチャイムが鳴った。


外を見てみると、可愛い服装の悠衣が立っていた。




「おはよ」


「おはよー!!」


「その服かわいいね、似合ってる」


「へへ、私ずっと患者衣だったから久しぶりでしょ」


「うん。やっぱりこっちの方が似合ってるよ」




近くの公園に着き、まず池の近くのベンチに腰掛けた。




「もうちょっと厚着して来ればよかったね」


「僕のマフラー貸すよ」


「ありがと」


彼女の首にマフラーを巻いた。




「お、ちょっとあったかい」


「でしょ」




「そういえばこの池の景色も、私に教えてくれたよね」


「そういえばそうだね」




「水面に映る空の青さは、まるで無限の幻想の窓。そこには雲が流れ、鳥が舞っている。自然の静寂が僕の体を包み込み、微風は僕とともに揺らぐ葉をさりげなく撫でる。


その美しさに静かに震え、自然の神秘に身を委ね。


池の鏡面に映る世界、永遠の美しさがそこに。」




僕が夏休み前に書いたものだ。




「私、凄い嬉しかったんだ。明くんが色んな景色を教えてくれて」


「僕も嬉しかった。僕の見た景色を、悠衣にも見てもらえて」


「想像しただけですごく美しかったし、綺麗だった」


悠衣は深く息を吸った。




「でもね」


「でも?」




「こうやって明くんと一緒に見る景色には敵わないよ」

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僕の見た景色 葉泪秋 @hanamida

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