中編 臆病者

 私の一番の楽しみである彼のツイッターが鍵垢になってしまった。


フォローリクエストしようかな・・?いや、絶対通らない。


でも見れなくなるなんて嫌だよ・・




「鍵垢 見る方法」


謎の検索ワードを入力した私は、検索結果を見て絶望した。




「鍵垢は通常の公開アカウントとは異なり、フォローリクエストが承認されることで閲覧可能になります」


私が聞きたいのはそういうことじゃないんだ、グーグル。


覗き見がしたい。どうにかしてリクエストせずに見る方法は・・あるわけないか。


じゃあ何のために鍵垢機能が有るんだって話になってしまう。




リクエストするしかないの・・?


こんなことになるならいっそのこと鍵垢になる前にフォローしとけばよかった・・




よし、もう決めた。


しばらく彼のツイッターを見るのは我慢して、もう少し仲良くなってから全て話そう。


彼のツイッターが好きってことも、その語彙力、表現力はどう育んだのかってことも・・




でも今日は金曜日。あと二日待たなければ彼と話すことすらできない・・


そんなの無理だよ・・居ても立っても居られない。




 結局、二日間悩んだ末にフォローリクエストを送った。


もう日曜日だから明日まで待てば良かったけど・・気になっちゃったもんはしょうがない。




朝ご飯が喉を通らない。


スマホを確認するのが怖い。


もしリクエストが通ってなかったら、二度と彼のツイッターを見ることはできないのかな・・?




「綾乃」


お母さんが頭を左右に揺らしてきた。




「なになになに」


「綾乃。恋するのもいいけど・・他のことが手につかなくならない程度にね」


「父さんは母さんに三回振られて四回目で付き合えたんだ。ネバー・ギブアップだよ」


父さんが胸を張って言ってきた。


いや、誇れることじゃないでしょ・・




「そうだったの?」


「そうよ。半ば押し切られた感じだけど・・こんなに可愛い娘が居るなら、後悔はないわ」


「そうだろうそうだろう!」


「テンション高いねお父さん」


娘が恋愛してたらちょっとはネガティブになるのが父親ってもんじゃないのか。


まぁ、今のテンション感の方がいいけど。




「まぁとりあえず、当たって砕けろだぞ。綾乃」


「うん、ありがと」


食パンと目玉焼きを食べ、自分の部屋に戻った。




恐る恐るツイッターを開く。


フォロー欄を開くと・・




「通ってる!?」


いや、見間違いかもしれない。


でも間違いなく彼のツイートは見れる。


しかも・・フォローバックされてる!?




彼の最新ツイートを見てみた。




朝陽あさひが柔らかく差し込む時、心は夏の息吹を感じた。青い空は限りなく広がり、鳥たちの歌が耳に響く。


空き地に咲く花々は輝きを増し、風がそよぐたびに小気味よく踊る。


夏の訪れを告げる自然の調べ。


ゆっくりと目を閉じると、川のせせらぎが聞こえ、太陽の熱が肌を包む。


夏の朝、新たなる始まりの予感が心を満たす。」




よかった、いつもの明くんのツイートだ。


これからも彼のツイートが見れる・・!!!


正直、飛び跳ねたい気分だった。


でも最近体重増えてきたし・・ベッドが崩れちゃうかもしれないからやめとこう。




 ついにやってきた月曜の一時間目、克巳先生の一言で私に電撃が走った。




「えー来週の木曜までに作文を書いてきてください。テーマの指定も字数制限もありません。しかし、『あなたの書きたいもの』を書くように。縛りはそれだけです」




「えーだる」


優花は不満が漏れ出ていた。




ねぇ、ってことは、明くんの作文が読めるってこと・・?


そう思うと私は楽しみで仕方なかった。


そうだ、その作文の授業の時に話しかけて、色々と今まで気になってたことを聞けば良いんだっ!!


 


ナイスだよ、克巳先生。




 私は忙しない一週間を過ごした。


自分は可もなく不可もない程度の作文で。


そして文章を書くのがめっぽう苦手な優花の手伝いを。




「あ、更新されてる」


火曜日の夜、彼のツイッターが更新された。




「言葉が舞い散る夜の間に、私の思いは流星のごとく消えゆく。虚空に消え去る想い、語り尽くせぬ哀しみ。


静かなる海の底に沈む。心の声が深い沈黙の中に溶ける。


波に押しつぶされる感情の断片は、孤独なる海原に漂う。


夢の中でさえも言葉は見つからず、さまよい続ける意識の迷路に迷い込む。


深淵に消えゆく望み、無情なる闇に抱かれて。」




なんだ?今までのツイートとは毛色が違う。


目に見た情景を文字に起こすというよりは・・彼の心情を書きなぐるような、初めて見たタイプの文章。


明くん、こういうのも行けるんだ・・と思っていると、もう一つツイートが更新された。




「ただ、君に『僕の見た景色』を見てもらいたかったから。」


なんだなんだ・・?


病んでる??わけではなさそうだし。


まぁ、私が気にすることじゃないか・・とりあえず明後日の作文を楽しみに待っておこう。




 水曜日。作文の提出前日は、五時間目が国語の授業だった。




「明日は作文の観賞と提出があります。欠席などの理由以外で、間に合わなかった人には夏休みの宿題で『とてもハードな作文』をやってもらいます」


「国語教師が英語の表現使うな」


相変わらず優花は切れ味が鋭い。




「別に国語教師が英語使ったっていいでしょ」


一応克巳先生の肩を持っておいた。




そして事件は国語の授業の後に起こった。




「綾乃さん、ちょっと頼みがあるんだけどいい?」


明くんが唐突に話しかけてきた。


ひっくり返りそうになったのをなんとか耐えて、平静を装った。




「どうしたの?」


「明日の作文書き終わったんだけど、ちょっと試しに読んでほしくて・・」


!?!?!?!?!?!?


なに、先行で明くんの作文を独占できちゃうの私!?




「全然いいよ~。せっかくだし優花にも読んでもらったら?」


「いや、私いるとお邪魔になるかもだし二人で・・」


優花は逃げるように教室を出ていった。




「あいつ・・まぁいっか、私でいいなら全然読むよ」


「ありがとう! 僕女友達いなくてさ・・綾乃さんにしか頼めないんだよね」


「男友達じゃ駄目なの?」


「なんか、真面目に読んでくれない気がして」


困り顔で言った。




「まぁわかる。長さはどれくらい?」


「原稿用紙五枚分だから・・2000文字くらい」


「オッケー。学校で読み終わるのは厳しいかなぁ・・放課後空いてる?」


「僕は大丈夫だけど・・」


「じゃあ4時に◯◯のコンビニ集合で、私の家で読もう」


「それ・・大丈夫なの?」


「お母さんには説明しとくからさ」


やばい、勢いでいろいろ決めちゃったけど本当に大丈夫か・・?




「わかった。それじゃ放課後に」


「はーい」




 下校中。




「結局、作文を読む話はどうなったの?」


「私の家に明くんが来てくれる」


「何事!?」


鳩が豆鉄砲を食らったような顔で言った。




「いやぁ・・作文が結構長いみたいでさ」


「いろいろ話す大チャンスじゃん! 応援してるよ、私!!!」


明らかに興奮している。




「他人事だからって楽しみすぎでしょ」


「楽しいに決まってるでしょ!!」


「まぁ・・気になってたこと聞いてみるよ」


「それがいいよ!!」




家に帰ってきた。


あと一時間は余裕があるし、部屋掃除しておこうかな・・




「お母さーん。今日クラスの子が家来るけどいい?」


「男の子?」


まずそこを聞いてくるか。




「そうだけど・・」


「お、綾乃もそろそろ彼氏が・・」


「ねぇお母さん?」


「ごめん、なんでもない。もちろん大丈夫よ」


「ありがとー」




これでよし。


軽装でコンビニに向かうと、無難なファッションの男子がコンビニ前でスマホをいじって立っていた。




「明くん」


「あ、来るの早いね・・まだ15時40分だよ?」


「明くんこそ早すぎでしょ」




二人で私の家に向けて歩き出した。




「急に頼んじゃってごめん」


「気にしないでって言ったじゃん」


読ませてもらえてこっちが感謝したいくらいだよ・・




「ていうか、2000文字の作文ってすごいね。書くの好きなの?」


「好き」




『書くのが好き』という意味なのは分かっているはずなのに、少しドキッとしてしまった。


私、なにしてんだか・・




「お邪魔します」


家につき、私の部屋に彼を招き入れた。




「お茶とお菓子持ってきたよ~」


母が乱入してきた。




「ねぇ、ノックしてよお母さん!」


「えぇ? 別にいいじゃないの・・」


「よくない」


「いい」


「よくない」


「いい」


「親子仲がいいんですね・・」


まずい、すごく気まずそう。




「お菓子ありがと、もう来なくていいからね」


ドアを強引に閉めた。




「じゃ、早速作文を・・」


振り返ると、明くんは無言でお菓子を貪っていた。


そういうタイプだったか・・明くん。




「うう、あおういえいおう」


「食べながら喋らなくて良いって」


意外と子供みたいだな・・明くんも結局は中学生男子ってこと?




「んじゃ読もう」


原稿用紙を渡され、私は黙々と作文を読み進めた。


彼の作文のテーマは『感情と理性』についてだった。




かなり哲学的で意味がさっぱりな部分も少々あったが、とても興味深い内容だった。


というか、そのテーマで違和感ない作文をかける文章力にびっくりだよ・・・・




「どうだった?」


「最高」


「よかった・・」


「絶対先生にも褒めてもらえるよこれ」


「そうかな?」


「うん、絶対。私が特にお気に入りなのは・・『人の感情は歯車型で、感情以外とは噛み合わない。つまり、人の感情を動かすことが出来るのは、また別の人間の感情のみである。感情を動かせる論理は存在せず、論理を感情で覆すこともできない。噛み合わない2つの歯車で巧みにバランスを取り、この世界は成り立っている』って部分かな」




「それ実は、ツイッターで見た文を引用したんだよね」


「あ、そうだったの?」


「うん。ちょうどいいと思って借りた」


「なんかごめん・・それを踏まえても良い作文だったし良いと思うよ。先生はツイッターなんて見てないだろうからパクってもバレなそう」


「たしかに」


そう言って彼は微笑んだ。




「じゃあ、このまま提出していいかな」


「全然いいと思うよ、私は!」


「じゃあこれでよし」




 聞こう。気になっていたことを。




「前から思ってたんだけど・・明くんって文章書くの凄い上手だけどさ、どうやってここまで上達したの?」


「前から思ってたの・・?」


「あ」


口が滑った~・・・・どうしよう、ツイッターを見てることカミングアウトするか・・?




「あ、いや、えーっとその」


「もしかして、この前フォローリクエスト送ってきた『砂糖』って・・綾乃さん?」


「あ」


バレた・・・・




「佐藤だから砂糖にしたのか・・綾乃さんっておもしろいね」


茶化しじゃない、純粋な笑顔で言ってきた。




うう・・苦しい。




「バレちゃった」


「恥ずかしいな・・僕の変なツイート、見られてたんだ」


「恥ずかしくなんかないよ」


「そうかな・・」


「私、実はだいぶ前に明くんのツイッター見つけてさ。それからずっと明くんのツイートが日常の一つの楽しみになってたの。だから言えるけど、明くんの書く文章は素晴らしいよ。私、文章にここまで惹かれたのって初めてだし・・感動したのも初めてだった」


もう全て言ってしまおう。




「ありがとう」


「それで、どうしてこんなに文章を書けるようになったの? 練習したとか?」


「いや・・そういう理由ではないんだけど・・」


「じゃあ・・どういう理由・・? 言いたくなかったら無理に言わなくても大丈夫だけど・・」


そんなに渋るのって・・一体どんな理由なの?




「実は、僕の目に映った景色を寸分の狂いもなく伝えたい人がいるんだ」


「それって・・恋人とか?」


「多分、恋してるのは僕だけなんだけどさ・・」


「詳しく聞いてもいい?」


「うん」


私は少し背筋を伸ばした。




「幼稚園の頃から仲が良かった幼馴染の子がいてさ。女の子なんだけど・・小学4年生の時、持病が悪化してそれから学校に来れなくなっちゃったんだ。でも、彼女が入院してる病院は近くないから、中学生の僕には通えなくて・・親の力を借りてなんとか月に一回会える程度でさ。


だから、数え切れないほどの色に溢れた美しい世界を彼女にも感じてほしいと思って。


見た景色を文字に起こして、病室で彼女と一緒に眺めるんだ。同じ景色を。


写真じゃ駄目なんだ。僕は彼女と一緒に『心』に映った景色を見たい」


「そう・・なんだ・・」


それ以上の言葉が出なかった。


私が介入するのが申し訳ないほど美麗で純粋な思い。




「明くんは、その子が好きなの?」


「うん。大好き。でも僕って臆病者だからさ、この気持ちを伝える勇気が出なくて・・」


「明くんは臆病者なんかじゃないよ」


「え?」


私は明くんとすごく仲が良い訳でもないし、その幼馴染の子の顔すら知らない人間だ。


ただ、そんな私でも言いたいことがある。いや、言わせて欲しいことが。




「明くんは臆病者じゃない。自分が普段見ている美しい世界を文字という姿に変えて、抗えない病魔という敵によって見えなくなってしまった大切な人に伝える。こんなこと・・普通の人にはできないよ。私は本気で凄いと思うし、その行動を馬鹿にする奴がいたら許せない。


たとえ相手に恋心というものがなかったとしても、明くんはその人にとってかけがえのない『知り得なかった世界』を見せてくれる救世主なはずだよ」




そう、救世主。


世界を変えることだけが素晴らしいことではない。


その『世界』を伝える人間が必要なんだ。


だって、世界を見たくても見られない人がこの世にはごまんといる。


その人たちの暗く果てしない世界に光を差し込む、それこそが彼の見た景色なんだ。




「ありがとう・・なんか、勇気もらえたよ」


「うん。明くんの想いは絶対に伝わってる」




「ちなみになんだけど・・その子の状態は今どうなの?」


「正直かなり悪くて、夏休みが山かもしれないって」


「うそ・・・・」


「だから僕、夏休みのうちにいろんな景色を見せたいんだ」


「もう一つ、新しい世界を見てもらうのはどうかな」


「どういうこと?」


「私、恋だったり愛が持つ力って果てしないと思うんだ。実際、私はそれで色んな景色が見れた」


明くんのことが好きだったってことを伝えるのは・・流石になしだけど、伝えたいことはある。




「私もここ最近、好きな人っていうか気になる人がいたんだけど、その人さえ居ればどこまでも行ける気がしたんだ」


「うん・・」


「私は想いを伝えるべきだと思う。伝えられなくなる前に」


「うん」




「僕、次に病院に行ったら・・すべて話すよ」


「うん、それがいいと思う。応援してるよ」


「今日は色々とありがとう、そろそろ帰るよ」


「了解、道わかる?」


「うん、もう大丈夫」


「オッケー」




玄関で彼を見送り、私は部屋に戻った。

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