第37話 彩花へのサプライズ

 雨咲さんと別れて家に帰ると彩花はまだ帰ってきておらず、夕食までの時間、勉強することにした。


 春休みは学校からの課題はないが、大学受験のために勉強しない日はあまりない。親が一人暮らしを認めてくれた条件に勉強はしっかりとすることとあるので、成績が下がったりしないよう課題がなくとも勉強はしている。


 春休みも後少し。そう言えば彩花と暮らし始めてもう1年か……。いろんなことがあって、充実した1年だった。


 最初は同居なんてと思っていたが、今は多分、彩花のいない生活は考えられない。今も家に1人だと寂しいと思ってしまう。


(早く帰ってきてほしいな……)


「って、いつから俺は寂しがりやになったんだよ……」


 集中して勉強しているといつの間にか時間が経過しており、夕方の5時頃になっていた。そろそろ彩花が帰ってくるかもしれないと思い、開いていた問題集を閉じる。


 今から帰るというメッセージが来ているかとスマホを見るが来ていなかった。まだ小雪さんと遊んでいるのだろうか。


 心配だなぁと思いつつ椅子から立ち上がるとインターフォンが鳴った。


 モニターで確認したところ琴音さんだったので、急いで鍵を開けに行った。


「こんばんは」

「こんばんは、匠くん。彩花は帰ってる?」

「いえ、まだです」

「そう。来るの早かったかしら」

「もうそろそろ帰ってくると思うんですけど……あっ、中どうぞ」


 ここで立ち話もあれなので、琴音さんを家の中へと入れる。


「お邪魔します。そう言えば、匠くんは千夏さんとは会っているのかしら?」

「母さんは秋に一度来ました。それからは仕事が忙しくて来てませんけど」

「千夏さんとはたまにお電話するんだけど、そうみたいね」


 母さんの話になり、そう言えば父さんとはしばらく会っていないなと思った。夏休み、久しぶりに母さんと父さんに会いに行こうかな。


 琴音さんにリビングのソファに座ってもらうとガチャと音がしたので玄関へ行くと彩花が帰ってきた。


「たく、ただいま。誰かいるの?」

「うん、いるよ」


 彩花は靴を脱ぎ、リビングへ行くとソファに座っている琴音さんを見て固まってしまった。


「お、お母さん?」

「久しぶりね、彩花。会うのが待てなくて来ちゃった」


 1年ぶりの再会に彩花は少し泣きそうになり、琴音さんに抱きついた。


 2人だけにした方がいい気がして俺はキッチンへ行くことにした。


「彩花。琴音さんと久しぶりに話したいだろうから今日の夕食は俺が作るよ」

「えっ、けど、夕食は私が……ううん、ありがとう、たく」


(さて、家にあるもので何か作るか)



***



 琴音さんと3人で食べた夕食。彩花は、いつもより笑顔で久しぶりに会えた琴音さんと楽しそうに話していた。


「じゃあ、そろそろ帰るわね。ホテル取ってあるから」

「えっ、もう帰るの? 泊まっていかないの?」


 彩花は琴音さんが帰ると言った瞬間、寂しそうな顔をする。


「もっとお話ししたいけど、明日も会えるから。匠くん、夕飯ありがとう。とても美味しかったわ」


 琴音さんは彩花の頭を優しく撫でながら俺にお礼を言う。こちらがペコリとお辞儀すると琴音さんはふんわりとした笑みを浮かべ、彩花の頭から手を離し、「お邪魔しました」と言って家を出た。


 しばらく彩花は玄関の方を悲しそうな表情で見つめていた。


(お母さんが帰ったから寂しそうだな……何か楽しいことでもあれば……)


「彩花、久しぶりにゲームでもやろっか」

「……うん、やる」

  

 玄関からリビングへ移動するとソファに座って2人でテレビゲームをすることにした。


 いつもなら彩花は俺にくっついて座るが、今日は距離があった。


「彩花。俺は彩花の本当の家族じゃないから寂しさを埋めることはできないかもしれないけど、寂しいと思うなら甘えてもいいんだからな」


 彩花の近くへ座り直し、コントローラーを持ち、ゲームを始めようとする彩花の肩をそっと優しく抱き寄せると彩花は俺の手の甲に添えた。


「ありがとう、たく。じゃあ、たくさん甘えるからたくも私にたくさん甘えていいからね」

「うん、わかった」


 甘えられること事態、嫌ではない。本当の家族ではないが、彼女とは家族のような関係だ。何かあれば遠慮なく甘えてほしい。


「カーレースする?」

「うん、今日は絶対に負けないから」


 コントローラーを手に持ち、いつも勝つ俺にそう言った彼女は満面の笑みを浮かべていた。




***




 小さい頃。彩花の家とはよく交流があり、どちらかの家でお泊まりしたりすることはよくあることだった。


「匠、ズルい~。私も彩花に懐かれたいのに」

「そんなこと言われても……」


 夕食後、ソファに右から葉月、彩花、俺と座っていて、彩花が俺の方に寄って座っているのが不満なのか姉の葉月はムスッと頬を膨らませていた。


「姉貴も彩花に懐かれてると思うけど」

「い~や、匠にはベッタリなのに私にはベッタリじゃないの。彩花、こっちおいで」


 俺の腕にぎゅっと抱きつく彩花を葉月は呼ぶが、照れて動こうとはしない。


 彩花は俺以外の人と話すことに緊張するらしい。葉月は年上で緊張するのもわからなくはないが、もう何度も会っている。


「来ないなら私からぎゅー」


 葉月は彩花に抱きつく。照れてはいたが、彩花は葉月のことが嫌いなわけではないので抱きつかれることは受け入れていた。


「彩花は私と匠、どっちが好き?」

「どっち……2人とも大好きだよ」

「も~彩花、可愛いすぎ!」


 天使のような笑顔で大好きと言った彩花が可愛すぎて葉月は抱きしめながら彼女の頭を撫でていた。


(少しベタベタしすぎなのでは……?)


「私の妹にならない? 葉月お姉ちゃんって呼んでもいいよ?」

「姉貴、そろそろ彩花が苦しそうだから離してあげて」


 彩花の肩を持ち、引き離そうとすると葉月にニヤニヤした表情で見られた。


「へへぇ~嫉妬してるんだ。彩花が私に取られるかもって思って」

「お、思ってないから!」

「顔真っ赤すぎ」


 笑いすぎだろと思うほど葉月は笑い、笑いが収まると彩花から少し離れた。


「将来、2人は結婚するんだよね?」

「しないよ」

「えっ、しないの? この前、婚約って……」

「彩花、それは母さん達が勝手に言ってただけだから」

「えっ、あっ、そうなの? けど、私はたくとずっと一緒にいたいから婚約でも結婚でも……」


 ぽっと顔を赤くする彩花に葉月は「可愛いなぁ」と呟く。


 小さい頃にどれだけ仲が良くても結婚できる歳に彩花とどういう関係なのかはわからない。ずっと一緒にいたくてもいつかは離ればなれになる。


「たくは私と一緒はイヤ?」

「……嫌なわけないよ。彩花といると楽しいし」

「! たく、好き」


 ふにゃりと緩む彼女の笑顔に俺は顔が赤くなっていくのを感じた。


(俺、彩花の笑顔に弱いなぁ……)

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