第35話 糖分補給
お花見をした次の日。彩花は一人、夕食のための買い出しに出掛けていた。
本当はたくと一緒に行きたかったが、今日は俊くんとバスケをしに出掛けてしまった。だからしょうがない。
1人、スーパーへ向かっていると後ろから誰かに名前を呼ばれた。
「あっ、彩花」
名前を呼ばれ、後ろを振り返るとそこにはたくのお姉さんである葉月ちゃんがいた。
手にはたくさん紙袋があり、ショッピングモールの帰りだということは見てわかった。
私が気付くと葉月ちゃんはダッシュでこちらに向かって走ってきた。
「たくとはどう? じゅんちょー?」
「たくとは……特に」
本当に何もない。無さすぎて困っているぐらいに。ほんと……。
「はぁ~何でかね、弟くん。彩花、こんなに可愛いのに」
葉月ちゃんは、深いため息をつくとスマホで時間を確認した。
「ちょっと荷物置きたいから家に一旦帰るけど後で集まらない? ファミレスに行って食べながら作戦会議しよっ」
「作戦……会議?」
何の作戦会議だろうかと首をかしげていると葉月ちゃんは風のように家へと向かって走っていってしまった。
「あっ、葉月ちゃん……買い物して一度家に帰ろうかな」
いつ、どこで、集まるのかわからないのでメールで葉月ちゃんに聞いてから私は家を出た目的を果たすためスーパーで買い物をしに向かった。
買い物を終えて家に一度荷物を置きに帰るとすぐにまた外に出て葉月ちゃんとの待ち合わせ場所へと向かう。
葉月ちゃんとの待ち合わせはとあるカフェ。急いで来たつもりだったが、葉月ちゃんの方が来るのが早かった。
店の中に入って奥のところにいて、近づくと葉月ちゃんは私に気がついた。
「お姉さんが奢ってあげるから好きなの頼んで」
「そっ、そんな……」
「遠慮しないでいいよ。あの鈍感な弟のせいで彩花は大変な思いしてるんだから。ほらほら」
葉月ちゃんからメニュー表を受け取り、奢ってもらうかは後にして見てみることに。
あまりわからず入ったカフェだが、どうやらこの店はタルトが有名な店らしい。
「タルトってこんなに種類があるんだ……」
「ここはタルト専門店って言ってもいい店だからね。ちなみにお姉さんのオススメは定番の苺タルト」
「苺タルト……じゃあ、これにしようかな。葉月ちゃんのオススメっていつも当たりだから」
「私と彩花の好きなものは似てるからね」
タルトはいろんな種類があったが、葉月ちゃんオススメの苺タルトにした。葉月ちゃんはというとフルーツタルトにしたそう。
タルトと紅茶を注文した後、葉月ちゃんは「さて」と言って私のことをじっと見た。
「匠から聞いたよ。この前、水族館行ったらしいじゃん」
「うん。雨だから室内の水族館に行こうって誘ったよ」
「いいね、水族館デート。で、そこでも何もなかったの?」
葉月ちゃんにそう聞かれて私は水族館であったことを思い出す。すると、たくとの会話がふと頭の中で再生されて顔が熱くなった。
『次来るときもたくと一緒がいいな』
『……俺も』
(たく、好き……)
「彩花? おーい、彩花さーん」
「!」
名前を呼ばれていることに全く気付かなかった私はハッとした。
「ごめん、何か言った?」
「うん、いい方法があるんだけどさ。匠に嫉妬させて彩花の気持ちに気付いてもらうのはどう?」
「嫉妬? 具体的にはどうするの?」
自分自身、たくが他の女子と仲良くしているところを見たら嫉妬しているが、相手を嫉妬させたことはない。
「そうだねぇ、男子と仲良くしてるところを見せつけるのが1番だけど、彩花は匠以外の男子、苦手だしなぁ……あっ、こういうのはどう?」
「?」
葉月ちゃんは手招きしたので耳を傾けると彼女は私にコソッと小さな声である提案をした。
「できそう?」
「ん……うん、やってみる」
***
葉月ちゃんには結局、奢ってもらった。今度、お礼に何か作って渡すことにしよう。
それより今から私にはするべきことがある。それは葉月ちゃんに教えてもらったたくを嫉妬させる方法だ。
家に帰ると先ににたくが帰っており、リビングでソファに座ってテレビを見ていた。その隣にちょこんと座った私はテレビではなく、たくのことを見た。
「お帰り、彩花」
「ただいま」
「夕飯だけど……って、どうしたんだ?」
私が急に膝の上に頭を乗せてきたのでたくは驚いていた。
「別に……」
「別にって……膝枕がご希望ですかね、彩花さん」
「ううん。癒され中」
「この状態は癒され中なのか……そうだ。プリン買ってきたけど食べるか?」
「夕飯前はダメじゃないの?」
「今日は特別。彩花が糖分欲しそうにしてるから」
「…………」
たくに嫉妬させるために何かしようとしたけど、私には無理だ。たくが甘すぎて、甘えてしまいたい欲が強くなっていく。
葉月ちゃんの言う通り、たくを嫉妬させたら何か進展するかもしれない。けど、私には多分、そんなことはできない。
「プリンは後で食べるね。今はこうしてるだけで糖分補給してるから」
「お、おう……」
よく見るとたくの顔が少し赤く見える。それに気付いた私はゆっくりと起き上がり、彼の前で大きく手を広げた。
「たくはバスケして疲れてない? 糖分補給してあげるよ?」
「いや、俺は……うぉっ」
小さい頃。お母さんがよくしてくれたようにたくを力一杯抱きしめるとたくがトントンと背中を優しく叩いてきた。
「あっ、彩花さん」
「どう? 癒させる?」
「えっと、いや、癒されはするけど……むっ」
「む?」
「いや、いろいろと限界なんで離していただけません?」
むの後に何と言いたかったのか気になったが、たくに離してといわれたので、もう一度ぎゅっと抱きしめた。
(離せと言われたから離さないもん!)
***
夕食を作るといって何とか解放された俺はソファに座ってぐだぁ~としていた。
さっきは本当に危なかった。もう少しで理性がプチっと切れてしまうところだった。
服はだけてちょっと下着見えてたし、子供みたいに抱きしめられて柔らかいものが顔に……。思い出すとよくあそこで我慢できたなぁと思う。
「たく、準備できたから運ぶの手伝ってほしいな」
「うん」
水族館の時、本当は告白するつもりでいた。けど、彼女から『家族』という言葉を聞いて急に言えなくなってしまった。
(告白のタイミング難しいな……)
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